昭和の記者のしごと⑤ニセ電話事件(2)
第1部第4章判事補のニセ電話事件(2)-「やらせ」てしまってよいか
公職選挙法90条 “公務員たることを辞したるものとみなす”
ここまでで鬼頭判事補の刑事裁判まで紹介しましたが、話はその少し前に戻ります。国会の裁判官訴追委員会が鬼頭判事補罷免の訴追を決定し、これを受けて77年(昭和52年)2月から国会の弾劾裁判が始まっていました。鬼頭判事補はたまたま、裁判官としての最初の10年の任期がこの年の4月6日に切れることになっていましたが、問題はそれまでに弾劾裁判の罷免判決が間に合うかどうかにありました。
というのは、鬼頭判事補としては、罷免されると法曹資格を失い、弁護士にもなれなくなるので、自分の方から裁判官を辞任して罷免判決を免れたいのです。しかし罷免訴追が決定した後は辞任できないと法律で決められていますので、辞任するには罷免判決が出ないうちに任期切れを迎えるしか方法がありません。しかしこれは現実にはありえません。弾劾裁判所の判事をする国会議員たちも、このことは十分意識しており、任期切れ前に判決を出すからです。
鬼頭判事補絶体絶命―と見えましたが、鬼頭判事補のことだ、国会での宣誓拒否のようなウルトラCで乗り切るのでは、という妙な期待も高まっていました。
そんな中、放送局の地方勤務の記者から、官僚出身の知事に聞いた話として、鬼頭判事補が罷免判決を免れる方法がたった一つあり、それは選挙に立つことだ、選挙に立つと、辞任したことになる、という情報が寄せられました。そんな馬鹿な。ロッキード裁判の勉強会で、講師の藤木英雄東大教授(刑事訴訟法の権威)に笑い話のつもりでこの情報を披露すると、藤木教授曰く、「そのとおりですよ」。こりゃ大変、あわてて公職選挙法を勉強しました。
<公職選挙法90条>前条の規定により公職の候補者となることができない公務員が(略)公職の候補者として届出をし又は推薦届出をされたときは、当該公務員の退職に関する法令の規定に関わらず、その届出の日に当該公務員たることを辞したるものとみなす。
ここは最高裁(事務総局)に解説してもらわなければなりません。
「藤木教授の解釈でいいんですよ」
―最高裁では勝手に辞任できる、この抜け道があることを知っていたか?
「最初から、知っていた」
―鬼頭判事補本人は知っているのか?
「わからない。むろん、最高裁としてはこのことは本人にはまったく話していない」
―公選法を改正すべきなのか?
「公選法90条は、公職の任免権者の恣意によって公務員の選挙に出る自由が妨げられないようにしたものだ。たとえば町長がライバルの助役が町長選に出るのを邪魔しようとして辞任を認めない、というようなことをさせないように。裁判官についてだけ、この自由を妨げる例外規定を作るわけにはいかないでしょう」
鬼頭判事補の「伝家の宝刀」とは?
公職選挙法によると、都道府県議選挙、市町村議選挙はその土地に3ヶ月以上住んでいないと立候補できません。国会議員、都道府県知事、市町村長の選挙にはそうした制限はありません。国会議員、知事の選挙は当面予定されていないので、鬼頭判事補が実質的に立候補できるのは市町村長選挙に限られます。
弾劾裁判の判決の出ることが予想される3月下旬まで、この時点からおよそ1か月。この間に市町村長選挙が実施されるのは全国で53市町村。意外に多いのです。社会部の遊軍(記者クラブなどを担当せず、何でもこなす記者のグループ)にたのんで、問題市町村長選挙の立候補状況を電話で日々チェックする体制をとってもらうことにしました。
鬼頭判事補はこの立候補戦術を知っているのかどうか。まずこのことの取材が、弾劾裁判にどんでん返しの結末をつけることになるこの大ニュース(珍ニュースか?)を追う前提になります。しかし、この取材は難しい。鬼頭判事補に直接取材すれば、鬼頭判事補が何も知らなかった場合、結果としてその戦術を入れ知恵することになり、“やらせ”で特ダネを取ったことになってしまいます。
鬼頭判事補は弾劾裁判の初公判から出頭拒否を続けています。そのためかえって弾劾裁判はスムースに進捗しているように見えますが、鬼頭判事補は「弾劾裁判所の良識を信じてジタバタしませんよ」などと余裕たっぷり。やはりウルトラCがあるのでしょうか?3月6日発売の週刊誌で鬼頭判事補のインタビューを読んでびっくり。
「弾劾裁判に対し、対抗手段はあるが、伝家の宝刀はそうたやすくは抜けない」
「新聞記者は不勉強だから対抗手段はないと言っているが、政治的にも法律的にも対抗手段は、ある」
「僕の基本方針としては、かなり忍耐強く相手の動きをフォローしながら、決定的な段階で、決定的な発言をする」
最後のくだりが、「決定的な手段をとる」ではないのが少し気になりますが、全体として例の最後の手段、立候補戦術を取ると宣言しているとしか読めません。
3月11日、弾劾裁判で訴追委員会が「鬼頭判事補罷免」の論告をして、裁判は鬼頭判事補欠席のまま結審。判決言い渡しは3月23日と決まりました。その11日の早朝から鬼頭判事補の定宿・帝国ホテルに張り込んで、鬼頭判事補をようやくつかまえました。
―伝家の宝刀って、何なのさ?
「ふっふっふっ、言えない。特オチしないように気をつけなさいよ」
特オチとは数社に書かれて、自分だけ書いていない、最悪の状態を言います。鬼頭判事補もマスコミにもまれて5ヶ月、業界の用語にも通暁して来たようです。
河芸町役場の張り込み 空振り!
弾劾裁判の判決日まであと5日と迫った3月18日、東京地検が鬼頭判事補を軽犯罪法違反(官名詐称)の罪で起訴。ニセ電話をかけたのは鬼頭判事補、とついに断定したわけです。
鬼頭判事補の自宅がある名古屋まで出かけて談話を取りました。
「従来どおり、ニセ電話の犯人であることを否認し、公判で争っていく」
それより当方の関心は例のウルトラCです。
―あなたの伝家の宝刀が心配だ。特オチは困る。
「あなたの特ダネにするよ」
―伝家の宝刀を抜く時期は?
「20日までは何もない。21日に電話してきなさい」
―何時ごろ?
「午後・・・いや、出ちゃうから午前中に電話してよ」
21日午後に外出するー罷免判決直前に立候補届けを出すための外出でしょうか?
20日までは何もない、という言を信用するとして、20日告示、したがって20,21日に立候補届けを受け付けるのは広島県、徳島県、鳥取県、兵庫県、福井県それに三重県のいずれも町長選挙。このうち三重県は河芸町の町長選挙。河芸町は名古屋のベッドタウンで、鬼頭判事補宅からも近い。
状況証拠は事態が煮詰まっていることを告げている、と思いました。司法記者クラブのキャップ、司法担当のデスクと相談の上、21日、名古屋、津の放送局の記者、カメラマンと共に昼前から河芸町役場に張り込みました。この時までに立候補届けをしていたのは現職の一人だけ。午後3時ごろから、無投票当選の祝賀会に参加する予定の町議会議員さんらが集まってきました。立候補届けの受付の締め切りは午後5時。不安が胸をよぎりますが、鬼頭判事補の届出は劇的効果を狙って午後4時頃だろう、と自分に言い聞かせました。
しかし、いつまでたっても鬼頭さんの姿無く、敗色濃し。どうした鬼頭判事補!そのまま午後5時の時間切れ。他の県の町長選挙でも鬼頭判事補の姿は影も形も無いということです。記者は恥をかくのが商売ですが、この時ほど恥ずかしい、と思ったことはありません。私の情報に基づく大動員が空振りに終わったのですから。どこで勘違いをしたんでしょうか。
消えた特ダネ
22日、判決前の貴重な1日ですが、鬼頭判事補と連絡も取れず、むなしくすごしました。弾劾裁判判決の日・23日は早朝から帝国ホテルに張り込み。午前9時45分、ようやくQ判事補が現れました。一緒に取材していたZ新聞の記者が、弾劾裁判の様子を聞きに電話をかけに行った隙に、早口で詰問。
―公選法90条は知らなかったのか?
「知っていた。検討もした。しかしあれは89条の規定があるから駄目なんだよ。錯誤で(間違えて)立候補届けが受理されたりするんでない限りね。僕が立候補を届けに行って断られたら、みっともないだろう」
公選法89条は、総理大臣などを除く公務員は、公職の候補者になれないという規定。
―それはあなたの法解釈が間違っている。89条の規定をいわば実質的に否定するものとして90条がある、という話ですよ。
「フーン、そんなこと言ったって、適当な選挙がないじゃない」
―全国にいくらでもある。今日だって町村長選挙の立候補を受け付けているところが九州に2町村ある。
「どこ?」
―熊本県龍ヶ岳町と大分県上津江村。
「しかし、本当に君の解釈が正しいのかねえ」
―僕の解釈ではないですよ。おととい、あなたを待って三重県河芸町役場に張り込んだ。僕もわが社の組織を動かす以上、我流の法解釈というわけにはいかない。しかるべき権威から、解釈について二重三重の確認は取ってある。
冗談話でないことが、ここでようやくわかったらしい。
「あなたと一緒にヒコーキで九州に飛ぶか、これから」
この時が午前10時15分、ここへなんともタイミングよく、Z紙の記者が戻ってきた。
―弾劾裁判の判決主文が言い渡されました。罷免だそうです。ご感想は?
「・・・・」
ゲームは終わったのです。特ダネも消えました。
―終わりですね。
「終わりだな」
鬼頭判事補が罷免判決非難の記者会見を済ませた後、プレスセンターで昼飯を食べつつ、二人で“反省会”。
「あれはやらなくてよかった。やれば、本当の法匪になってしまう」
―この手をあなたにすすめて立候補させ報道すれば、面白いスクープになったかもしれないが、自分でニュースをこしらえて報道するわけにはいかない。わかりますか?
「わかる」
やらせで特ダネを取ってはいけないことは自明のことです。そんな特ダネは社会的に必要のない特ダネだからです。しかし、実戦では、やらせでも特ダネを取りたくなります。私も何度か誘惑に駆られましたが、誤った道に踏み込まずに済んだのは、鬼頭判事補が取材相手として手強い相手だった、ということもあります。正々堂々たる取材でないと、言い換えると、斬るべき時に斬らないと、こちらが逆に斬られてしまう相手だ、と思い、いつも緊張感を持って取材していました。取材相手としての鬼頭判事補は、記者としての私を鍛えてくれたひとりです。