見出し画像

借りパク奇譚(14)

「すみません。自分の時間が増えるという感覚がいまいちピンとこなかったんですが、それはどんな感覚なのでしょうか?」

少し間を置いてからおれは質問してみる。

「そうですね。そのことを説明していませんでした。バイトで報酬をもらうと、つまり人から時間を奪うと、奪った方は単に自分の活動限界時間が増えます。つまり眠らなくても平気になるんです。私は当時最長で3日起きていたこともあります。もちろん寝不足の苦痛を伴わずにです。一方、時間を奪われた方は活動限界時間が減るようです。どんなに寝ても、眠くて眠くてしょうがない状態になる。それで人の時間を奪っているといえるのかという主張は当然あると思いますが、体験した私は確かに自分の時間が増えたと感じました」

「なるほど、睡眠時間の増減ってことなんですね。すみませんもう一つ、バイトが終わった後、時間をもらうタイミングはいつなんでしょう?」

「働き終わった直後です。ただ、まとめてもらうこともできます。例のごとく、その仕組みは全くわからないのですが……」

まったく信じられないながらも、なるほどと頷きおれは考える。おれなんか寝ても寝ても眠いことなんてしょっちゅうだ。では何か、そんなおれは誰かに時間を奪われているのか? いやいや、さすがに話がぶっ飛びすぎている。人同士で睡眠時間の受け渡しができるなんてあり得ない。ただ、クロエが嘘を言ってるとも思えないから困る。こんなところまで来て、わざわざ嘘八百を並べても、彼女になんの利益もないだろう。そうなってくると、やはりバイトの内容というのが気になる。クロエは一体どんなバイトをしていたのか? それを言わないのにはそれなりの理由があるはずだ。あえてそれを聞く勇気は正直おれにはない。頼むボンネ! 例のごとくさらりと聞いてくれないか。おれは密かにボンネに期待した。

「地下鉄で話しかけてきたおじいさんは何者だったんでしょうか?」

続いて山田が質問する。

「わかりません。結局おじいさんと会ったのはその一度きりでした。一通り話が済むと、おじいさんは私のとは逆の方面の電車に乗って行ってしまいました。ただ、おじいさんは時間奪いをしている人々の情報を集めようとしているようでした。集めた上で、何をしようとしていたのかはわかりません」

「クロエさんが無意識に協力させられていたとしても、人から時間を奪うなんて、彼らにはどうしてそんなことが可能だったんですかね?」

ボンネがたずねる。

「わかりません。私もそれについておじいさんに聞いてみました。ただ、それについてはおじいさんも調査中だと。また、今わかっていることを私に説明しても到底理解できないだろうと」

「そうなんですね。ただ、奪われている方に自覚がないとなると、ちょっと怖いですね」

「はい……」

「なぜ組織は『借りる権利』という表現を使ったんでしょう? 奪った人に返せないのなら、返すも何もないと思うのですが?」

ボンネがさらに質問する。

「ええ、私もそれについて考えてみたんですが……彼らとしては時間はあくまでも一時的に貸し付けているだけで、将来的には私から再度奪い返す、そう考えていたのではないかと」

「……恐ろしいですね」

「はい、自業自得ですが……」

「……全く関係ないかもしれませんが、実はクロエさんの話を聞いて、ちょっと思うところがあるんです。ここでまた、僕のタイヤの話をしてもいいでしょうか?」

皆の相槌を待って、再びボンネが話し始める。

「先ほどのタイヤの話ですが、実はさっき話していなかったことがあるんです。隠していたわけではないんですが、ちょっと変な話で、話しても信じてもらえないだろうと思ったんです。ただクロエさんの話を聞いて、場合によってそんなこともあるのかと……僕が借りたあのタイヤ、実は少し不思議な力があったんです。言うなれば『赤信号を回避するタイヤ』という感じでしょうか、例のタイヤをつけてから車がほとんど赤信号で止まらなくなったんです。

最初はもちろん気のせいかと思いました。ただ、1ヶ月もそういうことが続いて、さすがにこれは気のせいではないなと。それでちゃんとデータをとってみようと思い、ノートに "走った時間" と "信号機の数" 、あと "止まった回数" を記録してみることにしたんです。

驚きの結果でした。データの細かな数字は忘れてしまいましたが、なんと僕は平均して2時間の運転で一度ぐらいしか信号に捕まらなくなっていたんです。もちろん高速道路ではなく一般道を走った結果であり、連続して青信号になるように車の速度を調整するなんてこともしていません。

最初こそ少し気味が悪い部分もありました。ただ、想像してみてください。一般道なのにほとんど赤信号で止まらないんです。それは想像以上に快適なものです。なんだか僕はずいぶん時間を得している気分になりました。

ただ、ある時からクロエさんと同じく恐怖を感じるようになりました。借りたタイヤは明らかに普通のタイヤではありませんでした。一体どんな仕組みでそんなことが可能なのか。考えてみれば、やはり不思議な話です。タイヤがパンクした直後に、人が通りかかり、その人は僕の車に合うスペアタイヤを持っていた。そして、わざわざ交換までしてくれ、その後、急に連絡が取れなくなってしまった。どうやったらそんなことが可能かわからないけれど、もしかしたらあの男性はこのタイヤを僕に渡すために、意図的に僕のタイヤをパンクさせたのではないか? そんな風にすら思えてきました。タイヤは便利だけど使い続けていると何か祟りのようなことが起きる。まるであの『笑ゥせぇるすまん』がくれるアイテムみたいに。

(15)に続く


いいなと思ったら応援しよう!

宮藤宙太郎
いつも読んで下さってありがとうございます。 小説を書き続ける励みになります。 サポートし応援していただけたら嬉しいです。