書くことの原点に立ち戻って、2020。
頭の中に浮かぶアイデアや抽象的にあふれる思いや感情を言語化することはいつだって、重要である。仕事をする上でも友人同士においても、自分が思っていることを人に伝えないでいては、なにもなかったことになる。さらに悪い場合、発言しないことで「なにも考えていない」「その場にいなくてもいいのでは」と捉えられることもあるだろう。
幸いわたしたちにはブログやnoteというサービスがあるから、専門技術をもたずとも自分の価値観を共有する場を、無料で、かつインターネットという広い海の外に発信することができる。その結果、目の前にいる人に考えや存在価値を認められなくとも、だれか見知らぬひとに「いいね」と思ってもらえる奇跡もありふれることとなった。
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言語化すること。いつだって、わたしは文章を書くのが好きだった。それを自分の仕事にしてみたいと思ったのは大学時代の恩師がわたしに軽い気持ちで出したひとつの課題がきっかけだ。
大学時代、つらく気持ちが憂鬱なときにどうしていいかわからないと、先生に相談したとき。「楽しいことを書き出したレポートをA4で提出!」と先生は言った。また思いつきで軽々しく指示をして、そんなことで何が変わるのか、と疑問と若干の不満を抱きながらも、"最近偶然耳にしたインスト音楽がロックで格好良かった" "先生と大学院生と一緒に研究発表をするために一緒に乗る新幹線移動が家族旅行みたいで嬉しかった" "友人と食べに行ったタイ料理のレストランが美味しかった"。些細な出来事を羅列して、そう感じるに至った経緯を掘り下げて書くうちに、なんだか不思議と楽しくなって、目の前のつらさ以上に案外自分は楽しいことに囲まれている幸せな人間なんだな、と安直に感じた。課題は案外わたしの心の闇を解決に導いてくれたわけだ。
A4用紙2枚のレポートは、当時出張の手伝いをするときの大阪から東京に移動する新幹線の移動中に、横の席で読んでもらった。あまりにもどうでもよい個人的な話の羅列を60歳の大学教授に読ませるなんて気恥ずかしすぎる。でもわたしがいる前で渡さない限り、永遠にこの人は性格の適当さから課題を読むことはないだろうし、ましてや課題を出したことすらも忘れるだろう。
意を決して渡す。15個くらいの箇条書きと詳細が書かれた文章を読み終わって、先生は言った。
「君の書く文章はおもしろい。センス、がある!」
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1年後、希望する文章を書く仕事すなわちライターでの職種で東京の小さなIT企業での就職が決まったわたしは、書く楽しさを教えてくれた感謝と報告をするために先生に会いにいった。行き先は、いつもの大学のゼミ教室でもなく、研究室でもなく、病院。先生は力なくベッドの上に横たわり、起きているのかいないのかわからないほど意識もぼんやりとしていた。冬休みの最中、腰の痛みを訴えていたのが悪性の腫瘍が原因とわかり、すぐさま入院。ガンが見つかったときには全身に転移をしている状態で、あれよあれよという間に先生は教授の威厳を失い、適当さも明るさも笑顔もなく、アイデアを嬉しそうに語ることもない、ただの病人になった。
聞いているかいないかわからなくとも、一方的にこちら側が話すことはできる。「無事に先生のおかげで、ライターの仕事が決まりました」と数分間の演説を披露したとき。先生はもうろうとした意識でひとこと、つぶやいた。
「よかった」と。
聞こえてたんかい、と嬉しい気持ちでツッコミを入れた。そして先生は、数日後にあっさりと旅立っていった。
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その後の話は凡庸で、ライターになったとはいえ事情がありその会社を3ヶ月で退職し、現在書く仕事はほとんどしていない。だから少し先生を裏切ってしまっているという事実への申し訳なさと同時に、いつかはちゃんと誇れる仕事を、という気持ちが複雑に織り混ざっている。
そして、事あるごとに問い直す。毎日ただの日記を書いているとか、noteでメモ書き程度に残しておくだけでいいのだろうかと。
今の自分は「伝える」行為の根底に、利己的な部分が透けてみえている。わたしはわたしのために文章を書いているから、特に読まれなくてもいい。評価はわたし自身が決めると。でもきっと、それだけでは不十分。どこまで書いても、だれにも届かない。ずっと暗闇にボールを投げているだけ。
それが紫原さんの記事を読み、時間がかかったけれども、ようやく今年は決心がついた。「評価されることから目を背けるのは、もうやめにしよう」。
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書くことの原点。先生にレポートを読んでもらったときのように読み手に楽しいと感じてもらう。そして読み手が新しいなにかを発見をしてもらえるならば、この世界に言葉が生まれる意味がある。文章の中に、なにかのきっかけに繋がるものがあるのならば、それ以上の喜びはない。
だから今年は書くことに臆さずに、堂々と看板を掲げるようたくさん言葉を紡ぎたい。文章を書いていきたい。これがわたしの2020年の抱負である。
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