言語化する事の大切さ
仕事において、自分が行っている事を言葉で説明することは、非常に重要!かつ意外と難しい。
何故、その決断をするのかの判断は、個々人の感情や好き嫌いに判断されているケースが非常に多い。
自分だけでなく、相手もそうだと尚更、話はまとまらず、さらには、より感情的になっていく。
部下には、よく、今、行っている仕事の判断において何故それを実行に移すのかをきちんと論理立てて説明できるよう、常に意識して動くよよう伝えている。
しかしながら、何故その事をしたかを聞くと後付けとしての説明はできるものの、その時の判断は、やはり、感覚だという。
自分としては、言語化が先に来るぐらいしっかり考えて、動いて欲しいと伝える。
仕事に置いて、嫌なこととやりたい事は、自然と無意識に避けてしまう傾向があると同時に決断しなくてはいけない事もきちんとした理由が必要であり、反論されても一定の説得力がなくては、周囲の視線は厳しいものになる。
先日、部下が新人と新人のお客様へ同行を行うスケジュールがあった。
他から入ってきた声だが、新人は、部下のことがあまり信用できないらしく、同行をしたくないらしい。同行して勉強になるわけでも無いのに、早く一人前になって欲しいというからだそうだ。
私は、その部下に新人に対して何故同行するのかをもっと明確に伝えるよう話しをした。
大事な事は、
①同行が役に立つかどうかだけでなく、新人がどこまでお客様対応ができるかを確認する必要がある事。
新人によっては、お客様と面談することすら、緊張してしまうためである。
②一緒に動いて行く事で、どんな人でも、そんなに簡単に案件を作り出せる訳ではなく、粘り強く活動することが大事である事。
以上をしっかり伝えると同時に、部下には、その社員のために自己犠牲の精神で対応するよう伝えた。
自己犠牲とは、その新人の事を仕事面で常に気にかけている事を伝えて行く事だと。
例えば、休日にお客様対応がある新人に一人でいかせるにしても約束の時間30分ぐらい前に一度、LINEで不安な点がないかを確認したりして欲しいと。
このように、自分のためではなく、常に相手の事を念頭に行動する事、そして、自分が動く理由をきちんと相手に伝える事ができないと、新人も含めて、周囲の社員は中々、部下を認めてくれないし、その上司である私自信も危うい立場になる。
改めて、言語化する習慣は大事だ。
仮に言語化する必要がないことも含めて自分の考えを常に言語化できる習慣をつけたいものだ。
このnoteも、実は、自分の気持ちを言語化する習慣のためにスタートしていたりもする。