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トンテキのナンバーワンは、生涯更新されることがない

どれだけ美味しいトンテキに出会っても、
私は毎度そうやって考える。


今日は久しぶりに同期と外出があって、
朝から本町に出向いていた。

彼女は私が異動してからもずっと
営業メンバーとして外に出ているから、
とにかくオフィス街のランチに詳しい。

案の定打ち合わせの帰りに、私を誘ってくれた。


「めっちゃ美味しいトンテキあるねん、食べに行かん?」

出たな、トンテキ。
どこで食べても美味しいトンテキ。
名前からして美味しさを醸し出すトンテキ。


けれどトンテキの美味しさに気づいたのって、
大人になってからだと思う。

明らかにハンバーグとか豚カツとかと
同じ類なのに、子どもの頃は
あまり出くわす機会がなかった気がする。


断る選択肢の無い私が
同期に連れられやってきたのは、
サル食堂というお店で、彼女いわく
結構な有名店らしい。


早速ふたつ、トンテキ定食を注文する。
飲まない私たちは、夜でも定食を頼めるお店には
無条件に好感を持つ。


やってきたトンテキを見てつい、
「でっか・・・」と声が漏れた。

「せやろ、大きいやろ。
女やのに食べ切れるの恥ずかしいから、仲良い人としか来やんことにしてるねん」

彼女がにかっと笑う。


古き良き風土の私たちの会社。

営業の第一線で、事あるごとに
「女のくせに」と言われ続けた彼女。

それは、彼女自身の思考回路にも
無意識に、男だとか女だとかを
刷り込んでしまったように思う。

そのことに、
この子は気が付いているのだろうか。


彼女の笑顔を見ると、
そんな指摘も安易にできない。

とりあえず、ふたりで食べ始める。


何これ、ウスターソースベースの甘酸っぱいタレが
よく染みて、めっちゃくちゃ美味しい。

そして隣のフワトロ卵にそのタレが絡んで、
トンテキと張り合うくらいに美味しい。

美味しすぎる。

彼女に目を向けると、私が美味しそうに
食べてることに、満足そうにしている。


食べ終わる頃にはお腹がパンパンだった。

美味しいものでお腹が満たされる。
それだけで心も満たされる。


「また連れてきて」
「うん、また来よな。せーのっ」
「「ごちそうさまでした」」

彼女の「せーの」につられて、声がハモる。


そういえばこの子とご飯を食べるときは、
いつもこうしていた。

それを思い出すと同時に、
あの日のトンテキを思い出す。


1年目の冬に仕事で大失敗した日の夜、
後処理に追われていた私は
終電を逃してしまった。

ダメ元で会社の近くに住んでいた彼女に
連絡をしたら、家にあげてくれた。

風呂と寝る床だけ借りるつもりだったのに、
夜中1時すぎに家に着くと
お手製のトンテキとお味噌汁、きんぴらごぼうが
机に並べられていた。

「トンテキってさー、絶対2人分できるよな。
明日の晩御飯のつもりやってんけど、食べる?」

嘘か本当か分からない物言いで
私に食べさせてくれた深夜のトンテキは、
トンテキ史上、いや晩御飯史上、
いちばん美味しかったかもしれない。

あの日も、自分は何時間も前に
食べ終わっているというのに、
「ごちそうさま」と声を揃えた。

声に出す「いただきます」も「ごちそうさま」
も、あまりにも久しぶりすぎて私は笑った。

温かくて、優しくて、
そんなことを思い出すけど、
ご飯に対して思うのか彼女に対して思うのか、
今ではもう分からない。

そのくらい、あの日の思い出自体が
あまりにも大切に輝いている。


食堂を出て、彼女が前を歩く。

「私、ここのトンテキがいっちゃん好きやねん」
そうはにかむ。

私はあんたの作ってくれたトンテキが
いっちゃん好きや、と、心で呟く。

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