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自由とは何か?自由は人を幸せにするか?

おはようございます、ちゅるぱんです。

COVID-19の影響で、私たちは第二次世界大戦以降初めて自由を奪われた状況にある。いつまで外出自粛が続くのか、いつまでこの生活が続くのか?これから先未来はどうなっていくのか?初めてのウイルスのことで、誰も断言はできない、分からない中だからこそ、自由について今一度考えてみることは大事だと思う。

自由については奥深い。私自身も自由についての本をそんなに読んだこともないし、自由について真剣に議論をしたことはほとんどない。

自由って何だろう?

コロナの前、私たちは自由に友人と会い、外出し、仕事をし、日光浴し、温泉に行き、旅行に行き、自由に行動できた。そして、それを当たり前に思っていた。しかしながら、歴史を見てみると、「自由」という概念はほんのここ100〜300年の近代において起こったこと。日本では、江戸時代まで遡ると関所があったり、キリシタン禁止令で多くの信者が踏み絵を踏まされたり、処刑されたり、士農工商、安政の大獄など、制約や弾圧が当たり前だった。世界を見ても、イギリスの名誉革命までは「自由」という言葉すらなかった。それが、アメリカ独立宣言、フランス革命、1848革命、第二次世界大戦、国連・世界人権宣言などを得て、人類は数々の流血や痛みを伴いながら「自由」を獲得してきた。だから、自由というのは全く当たり前でなく、最近ようやく実現されたもの。闘うことで得られてきたもの。(この辺の歴史はさらに深めたいところ)

では、自由って何だろうか?自由は、全く制約なしに、自分の意志を行動できること、意思を実現できること、自分の思うがままに表現できること?
自由は、ルールがないと成立しない?

英語でいうと、自由はfreedomとlibertyの2つが出てくる。以下を見てみると、freedomは誰からの制約もなしに、自分が言いたいことを言ったり、行動したいことを行動できる権利であり、行動できる状態。libertyは政府や権利からなどから制約を受けることなく選択できる自由。奴隷などではないこと。興味深いのは、libertyは、許可や経緯なく行動し、人に不快な思いをさせる言動や行動ともある。

freedom
-[uncountable, countable] freedom (of something) the right to do or say what you want without anyone stopping you
-[uncountable, singular] the state of being able to do what you want, without anything stopping you
-[uncountable] the state of not being a prisoner or slave
-[uncountable] freedom from something the state of not being affected by the thing mentioned
liberty
-[uncountable] freedom to live as you choose without too many restrictions from government or authority
-[uncountable] the state of not being a prisoner or a slave
the salves struggle for liberty
-[countable] the legal right and freedom to do something
-[singular] an act or a statement that may offend or annoy someone, especially because it is done without permission or does not show respect

私がしっくりきたのは、仏教的観点。
仏教学者である鈴木大拙は自由を「自に由る(自ずからによる)」と言った。つまり、「自らを由(根拠)とすること」。自分で決めて行動した結果、いかなる事態が引き起こったとしても全て「自分を理由にする」ということ。自由には責任が伴うということ。自分が選んだことには、自分が決めたことには、責任を取るという考え。

今の「外出自粛」というのも、ある程度制限はあるけれども、その制限以外は、自分たちが自分で決める権利、自由がある。しかしながら、それを決めるのは自分。だからこそ、それぞれ「責任」を持って行動しなければいけない。

自由は人を幸せにするか?

私は、「自由は人を幸せにする」と思っていた。しかし、よくよく考えてみると、自由であるために選択肢が多すぎて、選ぶことにストレスがかかったり、先ほどのlibertyの中にあったように、許可も取らずに自由な人がいるせいで、不幸せになる人がいたりする。そう考えると、ある程度のルールがある自由の方が、人は幸せになれるのかな?と思ったりする。そして、そのルールは、誰かが勝手に決めて押し付けるのではなく、全員でなくとも、関係者、その代表が対話を通じて決められるのが望ましいのかなと。一方で、こういう面白い考えもある。『自由からの逃走』の著者エーリッヒ・フロムによれば、「自我が未熟な人にとって、自由は不幸せである。ストレスである。」という。また、自我が強い人が集まると、正しいと感じることも異なり、分かり合えない。平等、対等な関係が結べない。そのため、不安や孤独を感じる。だから、ナチスドイツ時代に、大衆は自由から逃走したのだ。生まれつき自分の役割が決められていて分かっている方が、幸せなのではないか?権威者に服従している方が、孤独を感じないし、幸せなのではないか?そんな考えだ。もしかするとそれも一理あるかもしれない。それでも私は「自由は人を幸せにする」と思っている。幸せを何と捉えるかにもよるが、人を傷つけない範囲で、自分の考えたことを発信、表現でき、行動できることが幸せだと思う人の方が圧倒的に多いのではないだろうか?

COVID-19が歴史的、世界的なパンデミックになり、私たちの生活を大きくひっくり返し、自由を奪う中、これから「自由」という概念も新たなフェーズというか、変わっていくんじゃないかなと感じている。そんな中で大切なのは、やはり自我で、自分の価値観、未来をどんな未来にしたいか、世界観にしたいかと一人一人が考え続け、対話し、学び続けることがとても大事だと思う。

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