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中医男科学 ~陽萎(インポテンツ)~


概要

 正常な性衝動があり、性的に興奮しているにもかかわらず、勃起できない状態。膣への挿入に十分な硬さで勃起できない、または通常の性交を維持するのに十分な時間勃起が持続しない状態で、そのため満足な性生活を送ることができない。
 本病の最初の記録は『内経』に「陰痿」「陰器不用」「筋痿」とあり、『景岳全書ー陽萎篇』では「陰痿は陽が持ち上がらないことによるものである」と説明されている。その他、『諸病源候論』では腎虚、『丹渓手鏡』では肝熱、『医学準縄六要』では精の消耗、『医学綱目・肝胆部』では過労による肝経の損傷が原因であるとそれぞれ述べられている。

中医病因病機

 陽萎は、肝・腎・心・脾の機能障害や気血の不調和、経絡の損傷と密接に関連しており、実邪の内阻によって宗筋に気血が行き届かない、あるいは、臓腑の虚損や精血不足によって宗筋が栄養されないことによって生じる。主たる病因としては七情内傷、湿熱、瘀血、痰湿、寒邪、正気の虚損などがある。
 『医門法律・一明絡脈之法』には「心は情欲の府をなす」と記載されており、性欲は心神によって支配される。 君火が欲望によって動かされると、心気は肝腎に下り、肝腎の相火はそれに呼応して上昇する。従って、陽道(男性生殖器)の昂揚は心・肝・腎の協同作用によってなされる。従って、思慮過度や痰熱によって心気・心陽を虚損すると肝腎の陽気を充足できなくなり陽萎が生じる。
 肝は宗筋を主り罷極の本であるため、勃起に大きく関与する。『霊枢・経脈篇』には「肝の合は筋で、筋は陰器に会聚している」とあり、肝血が不足すると陰茎は充足することができずに弛緩し、情志が失調して肝気が鬱結すると宗筋は機能不全に陥り、肝経に湿熱が下注すれば宗筋は弛緩して収斂することができなくなる。
 腎は精を蔵しており、二陰と生殖を主っている。房事過多や湿熱の下注により腎精が虧損すると、陽気を化せないため命門火衰を生じ、精気虚冷のため勃起することができなくなる。また、腎精虧損から腎陰不足を引き起こすと、化源不足となり精力が衰え陽萎を引き起こす。
 脾は気血化生の源であり、宗筋は陽明に集まるため、宗筋は脾胃によって生成された気血によって温煦濡養されることでその機能を発揮することができる。脾胃が失調して中気が不足し、気血の化生がなされなければ宗筋は栄養されず充分に勃起することができなくなる。
 これらの他陽萎には、先天不足、加齢による衰え、気血陰陽の生成不足による正気の虚、湿熱、痰濁、瘀血などが密接に関わる。
 青年期は肝鬱気滞、血瘀など、中年期はこれに加え湿熱などの実証を主とする場合が多く、老年期になると虚証を主とする場合が多い。

診断・鑑別診断

臨床症状

 性的刺激や欲求が生じた際に、勃起ができない、勃起時の硬度が十分でない、或いは勃起持続時間が短くすぐに脱力してしまうため、性行為を行うことも性交を完遂することもできない状態が3ヵ月以上持続する。
 めまい、不安、集中力の低下、落ち着かない、恐怖心や猜疑心が強くなるなどの症状を伴うことが多い。

鑑別診断

  1. 早泄:陰茎の勃起は正常だが早漏で、通常1分以内に射精してしまう、或いは陰茎が膣に挿入される前に射精してしまう。

  2. 性欲減退:性的意欲は減少しているものの、性交渉の際には正常に勃起する。

  3. 陽縮:陰茎のズキズキする痛みを特徴とし、下腹部のひきつり、手足の冷えを伴う。陰茎の収縮を伴うため、性交に支障をきたす。多くは急激に発症する。

弁証類型

1.腎陰虧虚

 先天不足、房事過多、辛味物や乾燥物の偏食、邪熱による陰の損傷、温熱補陽剤の過剰摂取などが病因となり生じる。
 陰分の不足により陰茎を充分に硬く勃起させることができない。虚火によって硬く勃起することができる場合もあるが、陰精が不足しているため勃起を長い時間持続することができない。虚火熾盛となると勃起過多を生じる。腎気不固を伴うと早漏となる。
【症候】
 腰膝酸軟、倦怠感、眩暈、耳鳴、不眠、多夢、夢精、羸痩、咽乾、口渇、頬の紅潮、五心煩熱、午後の発熱、盗汗、かかとの乾燥・痛み。
※射精後にはこれらの所見が悪化しやすい。
【体表所見】
《舌》舌色紅舌、舌苔は少苔・無苔、舌根部無苔、裂紋舌
《脈》数細、尺中が滑弱

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