『GOAT』ジーヴァンは「ジキルとハイド」なのか?
これはジーヴァン自身が誘拐したスリーディニーの表情を読みながら
”「このジキルとハイドみたいな二重人格のサイコは一体誰?
結婚した後に彼が今みたいになったら私どうしたらいい?」 ”
と彼女の心の声を語っていた時のセリフなんですが、結論から言うと「ジキルとハイド」ではありません。「ハイドとハイド」ですね、ジーヴァン、原作小説のジキル博士みたいな善良さは全く持ち合わせてませんから。
とはいえ「二重人格」的な側面は確実にあります。それにジーヴァン自身が気づいているからそういう発言になったんでしょう。「ジキルとハイド」というとあたかも一人の人間の中で人格が交代する「解離性人格障害」かと思われがちですが、原作ではハイドの性格が表面に出ていてもジキル博士といての人格内側にいて彼の悪行を全部体験していたはず。後半にかけてハイド氏の人格の方が強く大きくなるとジキル博士の存在感が薄くなるという描写もあったと思います。原作ではジキル博士が薬を飲んでハイド氏に変貌するので、見かけからも全くの別人になります。分かりやすくていいですね。
ジーヴァンの人格の変化は声に現れます。多分声のトーンも変わってる。よく見ると表情も変わってるんです。
「ハイドとハイド」のジーヴァン、もう一人の人格は誰かというと、サンジャイです。あのエンディングに出てきたオレンジの作業服を着たサンジャイ、あれと同じ性格をジーヴァンも内に秘めてます。何故ってそれが本質だから。
そしてそれはまた父親で共通の遺伝情報を持つガンディーの本質でもある。
持って生まれたもの、生まれつき身に備わっているもの、別な言い方をすれば才能ですが、運動能力の高さ、神経系の速さ、最適解を導き出す判断力等が総合されたものですね。遺伝子によって決定される人間の素地。
ガンディーはその上に教育によって倫理性と社会性を身につけているわけですが、戦闘時には意図的にそれらのくびきを外す。本能と反射のままに戦う姿はジーヴァン/サンジャイと変わらないんですよ。敵の殲滅のみが目的だから。
ガンディーとジーヴァン/サンジャイは素質において全く同等という設定なんだと思います。
ただしジーヴァンはメノンによって多大なトラウマをあたえられたせいで人格に問題を抱えてしまった。
本来のジーヴァンは幼児期に両親からの愛情に満ちた教育を受けていたのに、それがメノンの差し金で一回すべて叩き壊され、「自分が生き延びるためにはパパ(メノン)が絶対に必要」と思い込むことから新しい人格を形成していきました。メノンに気に入られ、彼の命を守る事が自分の生存本能と直結してしまっているんですよ。恐らく「メノンが死んだら自分も死ぬ」ぐらいの原始的な恐怖に突き動かされている。それはもう理屈じゃなくてトラウマによって形成された激しい思い込みですね。でもたぶん、虐げられた脅えきった幼いジーヴァンが生きていくためにはそれが必要だったんです。
しかしそんなものを土台として形成されたわけですからジーヴァンの人格は脆弱性を抱えてます。「パパ」を脅かされたら激高する。そして「パパ」を失う恐怖が幼児期のトラウマに直結するのか、子ども返りまでしてしまう。
それがクライマックスのチェポークスタジアムでのガンディーとの対面シーンでジーヴァンがあんなにも子どもじみた行動を取った理由だと思います。
あのジーヴァンは普段ガンディーが自宅で見ていた姿とは別人だったでしょうね。興奮すればするだけジーヴァンの脆さが露呈するのでガンディーはそこに勝機を見出して煽りつつ時間稼ぎをしていたのでしょう。ここは舌戦なんですが、非常に示唆に富んだ面白いシーンです。
さて、では「普段ガンディーが自宅で見ていた姿」のジーヴァンは何者だったのか。
それはたぶん、興奮しやすいジーヴァンの人格の底にある、常に冷静な「サンジャイ」が計算づくで演じていた「理想の息子」です。長い年月行方不明だった末に帰って来た息子として、両親が望むすべてを備えていたのでしょう。愛情も優しさも思いやりも甲斐甲斐しさも、そして誰に対してもたっぷりの魅力を放つ青年。幼かったジーヴァンに両親が将来期待したすべて。
メノンの元で悪のプリンスとして育つために期待されたすべての事を成し遂げてきたように、ガンディーの家では愛される息子を演じきってしまえる。それがサンジャイです。
サンジャイとは元はメノンの息子の名前で、彼がジーヴァンをひきとった時に与えたものですが、先に書いたようにガンディーが有する才能に基づく本質的な部分を示すものでもあります。
ジーヴァンがメノンの元で「パパ」を満足させるために悪のプリンスとして花開くために「サンジャイ」の才能は早くから目覚めさせられたのでしょう。表面上の性格「ジーヴァン」がキレやすくて危なっかしいので、冷静な「サンジャイ」目覚めてが手綱を引き締めてバランスを取る部分が結構あったのでは。
で、それがよく分かるのがスリーニディーとのシーンなのです。
このシーンには彼女が愛した優しいカレシであるジーヴァンはいません。
彼女を脅しているのは見知らぬ「ジーヴァン」。興奮のあまり演技をするのを忘れて出てきてしまったパパっ子の「ジーヴァン」です。メノンの命が危険にさらされているために助けようと必死なんですが、子ども返りしちゃっててもはや駄々っ子のレベル。紳士のジーヴァンしか知らない彼女はさぞかし戸惑い、脅えたことでしょう。
面白いのはジーヴァンの愛情が「ジーヴァン」にも引き継がれていたこと。スリーニディーと愛を語ったジーヴァンは「サンジャイ」が作り上げたキャラですが、感情の発露は身体に起因しますからね。幼いジーヴァンが両親に愛されて育くんだ豊かな情操が潜在意識に残っていたのでしょうか。まあ恋愛は一種の興奮状態にもなるので「ジーヴァン」もちょいちょい出てたのかもしれません。
しかし優先順位においてメノンの一位は揺るがないのがパパッ子「ジーヴァン」。まずメノンを助ける。他の事はその後考えればいいと思ってる。つまり計画性がない。
スリーニディーを誘拐して首尾良くパパを逃がしたまでは良かったけれど、その後どうするかは全く考えていなかった。たぶん彼女は恋人だから許してくれる、ぐらいに思っていたのかも。「ジーヴァン」、子どもなので。
しかし彼女を宥めながら、どうもこれはまずいと思い始める。
そこで事態収拾のために出てくるのが「サンジャイ」です。
すっと声が低くなって抑揚がなくなると、それは彼が喋ってる。
"君は言うだろう、「ジーヴァンが私の喉を切って殺そうとした」と"
の辺りでスリーニディーの心を読んでいるのは「サンジャイ」。
”いずれ君は俺に腹を立てることになるだろう。
「このジキルとハイドみたいな二重人格のサイコは一体誰?
結婚した後に彼が今みたいになったら私どうしたらいい?」
そんな風に考えない?
そうなったら君は俺を捨てるだろう”
と「サンジャイ」が冷静に分析したあとで、その結果にショックを受けるのが「ジーヴァン」です。
”君はもう俺と結婚するつもりはないんだね”
の辺りでは涙まで浮かんでいます。その涙は
”そんなリスクは冒したくない”
と顔をあげた時にはらりと一粒落ちるんですが、でもこの時点でまた「サンジャイ」になってるんですよ。
ここから「サンジャイ」と「ジーヴァン」の葛藤が始まるわけです。
「ジーヴァン」、それまでは「サンジャイ」に従ってたはずです。物事を解決するためにはそれが必要だから。目撃者は消すというのがポリシーだったはず。当然スリーニディーもその場で殺すべきというのが「サンジャイ」のくだした正しい(?)判断でしょう。
しかし「ジーヴァン」にはそれができなかった。「サンジャイ」の強い指令に逆らい続け
”俺には愛する人を殺すなんてできないよ。
できない。ただ、できないんだ、俺には”
と性格上の弱さ(優しさでもある)まで露呈してしまう。
「サンジャイ」は興奮状態の「ジーヴァン」が意識の上にある時は身体を使えないのか、彼を説得するための折衷案を編み出します。それが彼女の喉を浅く切って、絶命する前に助けを呼ぶというもの。その間に彼は逃げ、彼女が彼との約束に従って犯人の名を明かさなければ万事解決すると。
「ジーヴァン」はそれに従うことにしたものの、スリーニディーを傷つけるのは本当にいやだったのだと思います。そのため狂乱状態に陥ってしまう。自分の愛は本物だと、彼女に背を向けながらも高らかにうたいあげずにはいられない程。
対立したのも初めなら「ジーヴァン」がここまで精神的な不安定さを露わにしたのも初めてで、「サンジャイ」は相当危機感を抱いたはず。結果的にスリーニディーは死んでしまったし。
そこで「サンジャイ」は「ジーヴァン」の精神のバランスをとるためにアブドゥルを殺すことにしたのです。「死には死を」という復讐的なバランスですね。悲しみは癒えませんが気は晴れる。少なくとも「ジーヴァン」は。ガンディーの捜査の手が及ばないようにするため、というもっともな理由をつけてはいましたが、あれは「自分が組織のために愛する人を犠牲にしたんだから、組織の方からも大事な人が奪われないと割に合わない」という理屈です。腹いせではあるんですが、「ジーヴァン」が立ち直るためには有効だし必要でもあった。何より手っ取り早い。「サンジャイ」は常に問題解決に最短の方法をとる。
こうやって「ジーヴァン」を落ち着かせておかないと、「サンジャイ」が好青年のジーヴァンとして振る舞うのも難しいでしょうから。彼らにはこの先の計画がまだ控えているので。