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『GOAT』2 ジーヴァン&シュリーニディー

ところでジーヴァンにはそばに居る人の考えを読めるという特技がある。恐らくそれは限界状況で生き残るために彼が身につけた能力なのだ。相手の考えを先に読み取り望み通りに振る舞う事で、機嫌を損ねるという危機を回避するのだ

映画の中でその能力が発揮されるのは、何故かジーヴァンが殺そうとしている相手に対してだが。万が一にも相手を逃がさないために使いつつ、さらに相手に逃げ道はないからもうあきらめろと促してる風でもある。楽に殺してやるから安心しろと。ジーヴァンは無慈悲ではない。むしろ優しい男なのだ。すっかり歪んでしまってはいるが。

港での入国審査に引っ掛かり、メノンが捕らえられるかもしれないという切羽詰まった状況でジーヴァンは自分の恋人であり、父ガンディーの親友の娘でもあるシュリーニディーを人質にとった。彼女の命と引き替えにメノンの解放を迫ったのだ。

綿密な作戦をたててから事に臨むのが常なジーヴァンにとって、これは思いもかけない事態だった。咄嗟に彼女を人質に取ったはいいが、父が解放されてからの事は考えていなかった。

問題の解決は本来簡単で、目撃者である彼女の命を奪えばいいだけである。
だがジーヴァンにはそれができなかった。
彼女を深く愛していたから。

この時初めて「葛藤」を体験し、ジーヴァンは混乱してしまう。
彼女を殺す事は、メノンと自分の命を守るための至上命題である。いつもなら何の疑問も覚えず実行しているはずの殺人を、今回に限って彼はやりたくないのだ。

だからやらずにすむ方法を模索する。自分が彼女を誘拐したことを誰にも言わないでくれさえしたらこのまま解放するからとさえ訴える。

当然彼女は同意する。
だが悲しいことに、ジーヴァンはそれが嘘であることをたやすく見抜いてしまう。そして彼女が考えていることをすべて読み取ってしまうのだ。
「今思っただろ。ジキルとハイドみたいに昼と夜で二つの顔を使い分ける人間とこの先暮らすことなんてできるのかと」
「君が俺との結婚を断ったら、お父さんは不思議に思って君に理由をきくよな」
その結果、どうしても彼女を今ここで殺すしかないという悲しい結論に達してしまう。

ジーヴァンが自分の愛の方を取る事ができないのは、幼少期の恐怖体験から「生き延びる」ことが彼の脳にとっての最大の優先事項となってしまっているからだ。可哀想なジーヴァン。彼の中に僅かに残っていた人間性に、こうして自分の手で引導を渡してしまうなんて。

ジーヴァンは無慈悲ではない。愛する女性の命を奪う際に少しでも苦しみを覚えないように、優しく喉笛を切り裂いた。そしてその死を見届けることができず、親に叱られるのを恐れている子のように後ろも見ずに逃げ去った。

この狂気と紙一重のジーヴァンの演技は凄すぎて、初見時は呆気にとられてしまった。彼の中で何が起こっているのかその時は分からなかったから。でも今なら少し理解できるかもしれない。

廃園したテーマパークから駆けだして行くジーヴァンの姿はまるで何かに脅えているようだった。

でも何に脅えるのだ?
シュリーニディーは瀕死で追いかけて来られるわけがない。
追っ手のガンディー達とは二歩も三歩も先を行っている。
具体的な何かが彼の身に迫っているわけではないのに。

たぶん、ジーヴァンが葛藤する内に過去の恐怖が蘇ったのだ。
毎日のように目を焼かれ指を切断される仲間を見ては痛みと死の恐怖に脅えていた日々が。
忘れていただけで乗り越えたわけではない。
その恐怖こそが彼の心の中に入り込んで、生き延びるために何でもする原動力となっているから。
長年黙ってそれに従って来て疑問も抱かなかったのに、今日初めて葛藤を経験したことで、もしも自分の望みに従って彼女を生かして逃がしたなら再びあの日々が戻ってくるかもしれないと、ジーヴァンは絶望的な恐怖にかられたのだ。

彼女に死をもたらしてもなおその恐怖は生々しく、だからこそあんなにも異様な雰囲気で彼はその場から逃げ出したのではないか。

タラパティの演技力は途轍もないのでなかなかこちらの理解が追いつかない。3回見た程度で分かるものではないのかもしれない。

それにしてもジーヴァン、可哀想な役である。

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