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コラム連載開始!【人的資本経営ストーリー作成塾】第1回 人的資本経営とは

CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。

この度、人的資本経営の研究や講演、企業への導入指導をされている、事業創造大学院大学 一守靖教授によるコラム【人的資本経営ストーリー作成塾】を開始します。
本連載では、「人的資本経営ストーリー」をテーマに人的資本経営や人的資本経営のストーリーを作成する上でのポイントなどをシリーズで解説していただきます。

一守 靖(いちもり やすし) 事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授
慶應義塾大学経営学修士(MBA)、同博士(商学)。ヒューレット・パッカード、シンジェンタ、ティファニー、NCR等の外資系企業、ならびにbitFlyer等のベンチャー企業における人事部門の責任者としてジョブ型人事制度の導入、社員教育、組織文化の変革、人事部員の育成等を推進すると同時に、複数の大学院において教育・研究活動に従事。現在、事業創造大学院大学においてMBA学生を相手に「組織マネジメント/組織行動論」、「人的資本経営とDX」などを教えるほか、法政大学経営大学院兼任講師、富山大学大学院非常勤講師、ピープルマネジメント研究所代表を兼務。
専門は人的資源管理論、組織行動論。

主な著書:「人的資本経営のマネジメント:人と組織の見える化とその開示」(中央経済社 2022年)

シリーズ連載にあたって:いまなぜ「人的資本」が注目されているのか

人々の知識、スキル、能力などを指す「人的資本」への投資を増やすべきであるという考え方が注目を集めています。
「人的資本」という概念は、もともと労働市場を対象にした労働経済学の概念ですが、いま「人的資本」という概念が注目を集めているのは、主に投資家がこの領域に対する関心を高めたことに端を発しています。
ではなぜ投資家が「人的資本」に注目し始めたのでしょうか。
理由の1つは、SDGsの動きとESG投資の拡大です。
2015年に国連が、我々人類が地球で持続的成長を遂げるためのSustainable Development Goals(SDGs:持続可能な開発目標)を発表しました。
日本政府もこれを受けて、働き方改革やダイバーシティの推進、企業のESGへの取り組み強化を掲げました。
こうした動きに合わせて、ESGの観点に配慮して投資判断を行うESG投資が拡大し続けており、従って企業は、社会的責任を果たす上でも、自社の企業価値を向上させる上でもESGへの取り組み強化を余儀なくされています。そして、そのうちの1つ、S(ソーシャル)に「人的資本」が組み込まれているのです。
理由の2つ目は、投資家が投資先を選定あるいは評価する際に参照する情報の変化があります。
1990年以前は、企業の財務実績から企業価値を予測できる割合が75%~90%といわれていましたが、今や50%程度になったといわれています(ニューヨーク大学ビジネススクール調査)。その差はなぜ生じるようになったのかというと、企業が保有する、財務諸表には載らない「何か」が企業価値に与える影響が高まってきたからです。その「何か」のうちの重要な1つが「人的資本」といわれるものであり、投資家にとって人的資本についての詳しく調べる重要性が高まってきたのです。

人的資本情報の開示要求が高まる

こうした流れは欧米に端を発しました。例えばアメリカでは機関投資家から企業に対する人的資本の開示要求が高まり、これを受けて米国証券取引委員会(SEC)は、2020年8月に上場企業に対して人的資本の情報開示を義務づけると発表し、同年11月から義務化されました。
日本では、2015年に金融庁と東京証券取引所が共同して「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」を発表し、さらに2021年6月に、人的資本への投資を開示すべきだという指針がこれに追加されました。
その後議論はさらに進展し、2022年8月30日に公表された内閣官房・非財務情報可視化研究会による「人的資本可視化指針」、金融庁が2023年1月31日に改正した「企業内容等の開示に関する内閣府令」等、さらには女性活躍推進法、育児・介護休業法もその改正により企業による人的資本情報の開示を強く促しています。

いま企業を悩ませていること

このような、法律の要請のもとに一連の情報を開示することは重要です。しかしそれらは測定・開示基準に基づいて手を動かせばできることでもあります。
しかし、非常にたくさんの企業がいま悩んでいることは、人的資本に関する戦略並びに指標及び目標について考えること、言い換えれば、「自社の持続的成長につながる人的資本経営ストーリーの作成」であると思われます。

第1回 人的資本経営とそのポイント

人的資本経営に関する定義は様々ですが、今連載では経済産業省による「人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」という定義をご紹介しておきます。とてもわかりやすく表現されているように感じます。
経済産業省は2020年9月に「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」による報告書、いわゆる「伊藤版人材レポート」を発表し、さらに2022年5月にこの内容に実践事例集を追加する形でまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を発表しました。以下にその要点をまとめてみます。

<「人材版伊藤レポート2.0」要点>

・VUCA(ブーカ)※といわれる状況下、組織における「人財」の重要性はますます高まり、働き方を含めた人材戦略の在り方が改めて問われている。※VUCA(ブーカ):Volatility(変動性)」、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語。社会やビジネスにおいて、不確実性が高く将来の予測が困難な状況であること。

  • 経営戦略は柔軟性と対応の早さが求められ、経営戦略と人材戦略の連動は欠かせない。

  • 経営環境の変化は、働く人々に多様性とリスキリングを求めている。

  • さらに、コロナ禍が、働くこと自体や働き方に対する人々の意識を大きくそして確実に変化させている。

  • 国内外の機関投資家は、持続的な企業価値向上のためにESG※要因を重視している。
    ※ESG:環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)という視点を企業の評価基準にする考え方。

  • 人事・人材戦略は、コーポレート・ガバナンス改革の文脈で捉える必要がある。

人事・人材変革を起こすのには、人事部門の世界に終始するのではなく、経営トップ5C(CEO,CSO,CHRO,CFO,CDO)を巻き込み、かつ資本市場にそれを発信することが必要である。

参考:「人材版伊藤レポート2.0」https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

このレポートで表現されているものこそ、「人的資本経営」の考え方です。そしてこの連載では、「人的資本経営ストーリー」という考え方を通して、「経営戦略と人事戦略・人事施策との連動を考える」、「人事戦略・人事施策が狙い通りに運用されているかを測定し、開示する」ことに重点を置きたいと思っています。

人的資本情報の開示と業績の関係

Elbannan & Farooq (2016)は、1997年から2012年の間に欧州の32の市場における調査を通して、人的資本の情報を自発的に開示している企業は株価と株価収益率をそうでない企業よりも向上させていたことを把握しました。
また、全米産業審議会(The Conference Board)も2020年2月に発行した報告書で、人的資本情報を意思決定の際に定期的に使用している組織は、使用していない組織より高い業績をあげているという調査結果を発表しています。

では、「人的資本情報の測定と開示」といった場合に、企業は実際に何を行えばいいのか。次回はこの点ついて説明いたします。

(参考文献)
Elbannan, M. A., & Farooq, O. (2016). Value Relevance Of Voluntary Human Capital Disclosure: European Evidence. Journal of Applied Business Research (JABR), 32(6), 1555–1560
The Conference Board(2020)
https://www.conference-board.org/topics/human-capital-benchmarking/accelerating-value-by-using-HCA

CHROFYは、今後も、人事・経営に役立つ情報を定期的に発信していきますので、どうぞお楽しみに。
何か「人的資本」や「人的資本経営」について、不明点やお悩みをお持ちの方は、ぜひ、お気軽にご相談ください。

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