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〝ちょうどいい〟にこたえる塩
文・撮影/長尾謙一
クリスマス島の塩(素材のちから第28号より)
※「素材のちから」本誌をPDFでご覧になりたい方はこちら
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適した量、適したタイミング。〝ちょうどいい〟をよく知っておくことは、
お客様へのおもてなしにとっても、料理の味付けや組み立てにとっても大切なことだ。素材のよさをやさしく引き出すこの塩は、料理人の思う〝ちょうどいい〟にしっかりとこたえてくれる。
塩は、日本料理の旨みを引き出す、すべての根幹です。
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店主 中嶋 貞治 さん
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「新宿割烹中嶋」東京都新宿区新宿
祖父は北大路魯山人が主催した「星岡茶寮」初代料理長の中嶋貞治郎氏。幼少より料理の世界に親しみ、1980年、父・貞三氏が開いた店舗を受け継ぎ、2代目店主となる。調理場のスタッフはテキパキと仕事をこなし、ミシュラン一つ星に輝く老舗の緊張感がある一方で、昼には1000円以下のランチを提供する親しみやすさもあわせ持っている。
お客様や素材をよく見ることからはじまる
普段若いスタッフには、「お客様をよく見なさい」と教えています。そのお客様が食べる量はどれくらいか、料理をお出しするタイミングをいつにするか。お客様をよく見ることはお客様をよく理解することです。理解して、量やタイミングなどを柔軟に変えてお出しする料理。それがお客様にとって一番「おいしい」と感じていただけると思いますから。
たとえば、料理と料理の間でお待たせすることがあったら、何かつなぎになるような、ちょっとつまめるものをお出ししたりします。私自身、つまむものがないとお酒が飲めないタイプなので、何かお出ししたくなってしまうのです。もちろんお代はいただきませんが、そうした時に出せる料理は常に用意しているのです。
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そのお客様、その場に適した〝ちょうどいい〟。これをいつも大事にしています。この考えは塩についても同じです。素材をよく見て、本質を理解して、最適な塩加減を見極める。素材の味に沿うには、多すぎても少なすぎてもいけません。〝ちょうどいい〟は難しいですが、とても重要です。
〝平目〟を旬の素材の味と食感で引き立たせる
〝平目の小かぶ和え〟は、上質な平目を、旬のおいしい素材のいろいろな食感と合わせて楽しむ一皿です。お造りを醤油で食べるのももちろんおいしいのですが、この料理は旬の素材を贅沢に集めています。だからこそ塩で引き立てたかったのです。
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平目は昆布〆にして旨みをしみ込ませ、身を引き締めます。小かぶはシャキシャキッとした感触を残したまま、細かくして葉っぱと一緒に「クリスマス島の塩」で即席漬けに。それと隠し味に、この秋口にちょうどおいしく仕上がった、らっきょうの甘酢漬けを刻んで入れます。ほんの少しだけですが、後味に独特のアクセントが加わります。
今回は平目の昆布〆が浅めだったので、味を補うために塩昆布を少し足しました。「クリスマス島の塩」のやさしい塩味が、平目と旬の素材全体の味をより引き立てています。
当店で扱う魚には、ほとんど「クリスマス島の塩」で少ない塩、つまり薄塩をふっています。立て塩(濃度3%ほどの塩水に浸す)だと塩がまわってしまいますが、この薄塩はそうならないほどのほんの少しの塩。それで魚の生臭さを出し、旨みを引き出して、味噌漬けや焼き物、幽庵漬けに使っていきます。
塩は日本料理の旨みを引き出すすべての根幹です。「クリスマス島の塩」は香りもいいですし、そのまま舐めてもおいしい。このやさしさが素材のよさを無理なく引き出してくれる、まさに私にとって〝ちょうどいい〟塩ですよ。
〝カリッ〟〝ふわっ〟の食感を支える香り塩
次は〝穴子のベニエ 山椒塩〟です。
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この料理にはフランス料理のベニエの生地を使っています。この生地は、天ぷらやフリットと比べてより軽い、カリッとする食感を持っています。この薄く軽い生地で包むことによって、穴子のふわっとしたおいしさがより引き立ちます。
ベニエの繊細な歯ざわり、穴子の味、それぞれのよさをいかしたかったので、天つゆに浸さない塩の味付けを選びました。揚げ物はコースの中間くらいにお出しする料理なので、醤油の味ばかりにならないような変化も欲しい。コースの中での濃淡を出す意味でも、塩の味付けは〝ちょうどいい〟んです。
穴子は一度ふんわりと酒蒸しにしてから、ベニエの生地で揚げます。生地には泡立てた卵白を使いますが、この卵白の泡が衣のきめ細やかさと軽さを生みます。
それから、「クリスマス島の塩」と山椒をすり合わせた香り塩をふりますが、この山椒によってよりパンチのきいた変化になります。「クリスマス島の塩」のおだやかな旨みが食感や味を引き立ててくれて、最後は塩に潜んだ山椒がピリッと締める。順番に言うなら、衣がカリッ、穴子がふわっ、そして余韻に山椒がピリッ。
こうした食感と香りの移り変わりを、「クリスマス島の塩」がやさしく支えてくれています。
〝ちょうどよさ〟が〝心地よさ〟につながる
最後は〝戻り鰹のうま塩ねぎオイル〟です。脂ののった戻り鰹の上にたっぷりと〝うま塩ねぎオイル〟をかけていますが、旨みの詰まったねぎの香りがさわやかで、意外にもさっぱりと食べられます。
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オイルに使っているのは、水、「クリスマス島の塩」、長ねぎ、太白胡麻油。これだけです。これらを合わせて、60℃くらいで軽く熱を入れてから、一昼夜ほど寝かせます。そうするとねぎの中に「クリスマス島の塩」の旨みがしみ込んで、胡麻油ともなじんで、とろっとしてくるのです。熱を入れているのでねぎの辛味は薄まりますが、シャキッとした食感やさわやかな香りは残ります。
「クリスマス島の塩」は角のない塩味ですから、仕上がりはまろやか。だから、戻り鰹の旨みがよりいきます。ねぎの香りと、この塩ならではの旨みが合わさっているので、いろいろなものと合う万能オイルですよ。
「クリスマス島の塩」は、料理人が思う〝ちょうどいい〟に、やさしくしっかりとこたえてくれる塩です。こうした〝ちょうどよさ〟は、お客様の〝心地よさ〟につながっていきます。料理には、こういう角のない〝心地よい〟塩味が必要です。最近では、当店で使っている塩はほとんどがこの塩になりました。
お客様がいらしてからお帰りになるまで、ずっと心地よく過ごしていただけるような店を目指していきたいですね。
(2017年12月28日発行「素材のちから」第28号掲載記事)