書道ロボットに対する書家の所感
書道ロボットというものがあります。正確な定義や呼び方は知りませんが、ロボット(アーム)に毛筆を持たせ、墨液を付けさせ、半紙に文字を書かせるものを、とりあえずそう呼ぶことにします。YouTubeで検索すると、10年以上前の動画があります。歴史は古いようです。
本日は、書家である私の所感を書き留めておこうと思います。
書家の所感……シャレですよ?
前提 人のすることを、ロボットにさせるということ
近年、いわゆる「職人技」を途絶えさせてはならないと、職人の体にセンサーを付けて計測したり、3次元的に記録したりということが行われています。これは非常に素晴らしいことだと思います。後継者不足によるロストテクノロジー化を防ぐだけでなく、技術の記録、公開はイノベーションを起こすきっかけにもなるかと思います。
では、書道ロボットとはどんなものでしょうか?
書道ロボットの過去、現在、未来
お断りしておきますが、私に工学の知識はカケラもなければ、論文を読んだこともありません。ただYouTubeを見ただけの素人書家です。「何も分かってない素人め!」と言われても、まさにその通り、という感じです。ごめんなさい。
さて、現在の書道ロボットはどういう仕組みかというと、人間の体の動きや筆の動きをトレースして、同じように筆を動かす、というアプローチで作られていると思います。
理解しやすいですね。同じスイングでゴルフクラブを振れば、同じところにボールが落ちる。同じ様に筆を動かせば、同じ字が書ける。この世は物理法則に支配されています。理屈が合ってます。
古い動画から新しい動画へと見比べていくと、ロボットの関節の数が増えたり、動きが滑らかになったり、素晴らしい進化を遂げています。どんどん人間の体に近くなり、そのうち完璧に、人間と同じ動きで筆が動かせるようになるでしょう。
その行き着く先に、人間と見まごう字を書く書道ロボットが完成するのでしょうか?
私は、残念ですが、ならないと思います。
書道ロボットの難しさ〜そもそも書家はどうやって字を書いてるのか〜
書家、と大きく主語をとってしまいましたが、これはあくまで私個人の考えです。ですので、以下「書家」、としていますが、全員が同じ意見というわけではありません。ですが、全体の意見からそう大きく外れてはいないのではと思います。
字を書く時、書家は体を動かし、その結果筆を動かし、その結果字を書きます。間違いありません。
だったら同じ動きをすれば、同じ字が書けるじゃないか。動きが違っても、筆が同じように動けば、同じ字が書けるじゃないか。そう思うかもしれませんが、そうでないことを、書家は経験として感じています。それはなぜでしょうか。
ロボットとの大きな違いは、書家は字を書く時、体を動かす事を一番に考えていません。一番大事なこと、それは紙に接触した筆からのフィードバックです。
筆を動かす、といえば、多くの方は筆の木の部分を動かすイメージをすると思います。そこを握ってますしね。実際、筆の動きを記録するためにセンサーを付けるならここでしょう。
しかし書家が意識を払うのは、毛の部分です。この毛をいかに操るか(時には敢えて操らず)、ということが、書道の肝になります。
筆を持った腕を何センチ下ろしたら毛先が紙につくな、じゃあその後何センチ右に動かしたら線になるな、というプログラミング的意識ではありません。
腕を下ろし始め、筆先が紙に接触したのを指先で感じ、ここからどの程度押さえたら望む線の太さになるかを指や目で確認し、線を引いてもいい状態になったら、終着点を目指し腕を動かします。
この間常に、毛はどういう状態であるか、注意を払います。毛の状態によって、体の動かし方が変わるからです。
なぜ、このような面倒なことをしなければならないのか。それは毛筆と墨液が不定形であるからだと思います。
毛筆は独特の形をしています。円錐に近いですが、多少の力で容易にその形を変えます。
墨液は絵の具等に比すると、非常に粘度が低いです。サラサラです。
更に言うと、筆に含まれる墨液の量で、筆の弾力は変わります。
これらに常に意識を払いながら字を書いています。この意識がロボットと人間の一番の大きな違いでしょう。
以上が、書道ロボットを難しくさせる要因だと思います。
書家が筆に墨液を付けたあと、硯の上で筆を整えているのを見たことがあると思います。あの作業は毛を整えているだけでなく、筆に含まれる墨液の量や粘度を確認し、筆の弾力を確認し、といったことを行っています。
しかも毎回完璧に同じように整えているわけでもありません。筆も墨も不定形なので、それは無理です。大体の形、量になります。
ではなぜ何枚も同じように書けるのか。そこが書家の腕の見せ所です。毛の形や墨の量に合わせて、筆の動きを微妙に変えているわけです。
この世は物理法則に支配されています。同じ動きをすれば、同じ結果になります。しかしそれは、前提条件が同じであれば、ということになるでしょう。ゴルフボールの大きさが違ったり、置く場所が違ったり、風が吹いたら、当然違う場所にボールは落ちます。
毛筆、墨液、これを如何にクリアするかが最大の課題になるのではないでしょうか。
僕が書道ロボットを作るなら
では、これから僕が書道ロボットを作ろうとする立場であれば、どのようなアプローチを試すかということを書いていこうと思います。
①人間同様の関節とセンサーを持ったロボットを作る。
ロボットアームを進化させ、より人間に近く。筆の状態を常にモニタリングし、AIにより最適な筆の動きを常に判断する。筆はガシッと固定するのでなく、指でホールドするようにする。たまに筆の軸を回転させて書くこともあるので、これも必要でしょ。字を書く時は重心移動も利用しているので、腕だけでなく身体も必要。足の踏ん張りも無いと字が書けないので、足も要るね。
もはや完璧な人型ロボット。そんなん作れるなら、書道なんてさせてる場合じゃないよね。
夢物語。
②書道具にこだわる。
筆、墨がネックなら、そちらを解決する。筆は幾つも試し、なるべく硬さがありながら、自然と先が揃いやすいものを使用する。多分値段は高い。墨も濃度にこだわる。更には紙も、あまり墨を吸い込みすぎず、、、といったアプローチをする。
北京オリンピックだったかの書道ロボットを見たが、この点が非常に上手かった。結果、歴代でもトップクラスの字の上手さだったと思います。
③書き方を変える
毛先が同じように揃わないので、字が下手に見える、というのが問題であるなら、毛先が揃わなくても良い書き方をすればいい。
一般にイメージされる楷書の線は、専門用語で露鋒と言われます。筆先が露わになっているから露鋒です。ではその逆は?蔵鋒と呼ばれる書き方があります。筆先が出ず、完全に線の中に収まっています。だから蔵鋒。この蔵鋒で書くならば、筆先の揃いはさほど気にする必要がありません。書き始めは筆先がバラバラでも、書いてるうちになんとかなります。
ただ、一般的にイメージされる、キレイな字、とは少し様相が違うので、専門家以外には評価されづらいかもしれません。
おわりに
ぱっと思いつくことを、つらつらと述べてみました。詳しい方からすれば、今さらこの程度のことかよ!と言われるかもしれませんが、ご容赦ください。
なぜこのようなことを書くに至ったか。それは、書道ロボットを作るので、筆を動かしてデータを取らせてくれないか、と、お願いされたからです。
それまではロボットアームの動きを指定して筆を動かす、というアプローチだったそうですが、それは大変。筆を動かしてもらって、そこから逆に数値を取ろう、となったようです。確かにそっちのほうが楽そう。
初めに言いましたが、僕はこのような行いは、基本的に賛成しております。協力出来ることなら幸いに思っています。
素人考えがなにかの切っ掛けになるかもしれませんので、とりあえず現時点での思ったことをまとめました。
ロボット万歳!