読み切り小説「はたち」

 タカナシミユキは、物心ついたころから、首がない。首だけでなく、頭も顔もない。

 生まれたときにはすでになかったし、ミユキの両親も首というほどの首もないので、本人は何とも思わず、特別不便を感じることもないかった。もちろん、帽子が似合わない、身長が周りの子に比べて低くなりがちなど、つまらないことはいくつもあったが、実際、首から上がなくてもまあ生きてはいけるものだ。

 ところが、ことは首の話なので、周りがほっておかない。なぜ話せる、どうやって食べるのか、動くな、走るな、と、あれこれ世話を焼かれてうんざりすることが多かった。

 そんなこともあり、12歳になりちょうど中学にあがるころ、ちょうどいい首が売ってたので、つけることにした。親も、まぁあなたがそういうなら、と買ってくれた。

 両親も、彼女以上に周囲からああでもないこうでもないと干渉され続け(一度などは、イギリスでNPOをやっているというおばさんがタカナシ家を訪れ、3時間にわたって説教をしていったのだ)、正直うんざりしていたのだ。

 それほど値段の高くない大量生産品の首だったが、なかなかできのいい顔だったため、それからのタカナシミユキの人生は至極順調に推移した。二重の大きな瞳に、すっと伸びた鼻筋、さらさらの髪は、年頃のおんなの子が抱えがちな(抱える必要もない)問題を、解決するのにずいぶん役立った。彼女自身もけっこうその顔が気に入って、きちんと手入れをして、重宝していた。

 タカナシミユキは、いま、机の上に置いた自分の首と対峙している。

 今日はお祝いで、ダイニングで家族3人でおいしいケーキを食べて、さっき自分の部屋に戻ってきたところだ。数日前から首筋がかゆいなあと思っていた。自室のドアを開けたところで、首筋から小さなネジのようなものがぽろっと落ちた。

 なんだろうと、部屋に入りながらかがむと、あっけなくごろりと首ごととれてしまったのだ。あれあれ、と思い、拾ってつけ直そうと思ったのだが、落ちたときに接合部分の凸凹がつぶれてしまったのか、部品が足りないのか、うまく首が据わらない。よし直ったと思っても、ベクッとすぐにとれてしまう。これは困ったなあ。でも夜ももう遅いし、騒いでもしかたがないので、ひとまず机の上に置いて、久しぶりに自分の顔をじっくりと眺めているというわけなのだ。

 毎朝鏡越しに見るのとはどこか違う気がする。こんな顔だっただろうか。他人のような、よく知っている家族のような。人からほめられることの多い、ぷっくりとしたほっぺたを指でなぞってもみる。落ちたときの「あれ?」と驚いたような表情のまま固まった表情は、こっけいな感じがする。蛍光灯に照らされて変に青白く見えて、少しよそよそしい。明日修理に出そうと、床についた。

 翌朝目覚めると、首は溶けていた。薄い緑色のどろどろのものが机いっぱいにひろがり、少しこぼれて床を汚している。甘い匂いが部屋いっぱいにひろがっている。とりあえず窓を開けて、階下から雑巾を持ってくる。おそるおそる机の上の液体に近づき、匂いをかいでみる。どうも、ミント味のアイスクリームのようだ。人差し指ですくってなめてみる。間違いない。彼女はアイスはバニラ原理主義なので、顔をしかめながら拭き始める。携帯もアイスびたしになってしまったが、なんとかだいじょうぶそうだ。

 流しで雑巾をゆすぐと、彼女の元・首は、さらさらと排水口に流れていった。一瞬、自分の体も一緒に溶けて流れていくような感覚にとらわれ、手を見てみるが、だいじょうぶ、溶け出しそうな気配はない。雑巾をきれいにし、流しのへりにかけると、やっとすっきりした。

 べたつく手を気にしながら、階段を登りながら頭を振ってみる。数年ぶりの首なし生活は、存外気持ちいい。さっぱりした。つむじのあたりがかゆくなったので、手をやるがそこに頭はない。空振った手をそのまま、首の上をチョップの要領で2度3度往復させる。すかすか。手応えがなくさみしい感じもするが、すっきりした思いの方が強い。うん、悪くない、悪くない。ひとりごちながら、バイトに出かける支度をする。

 今日もいい天気。暑くなりそうだ。夕方からは夕立にあるかもしれない。ああ、今日は髪がぬれてごわごわにならなくていいな、と思いながら手早く準備する。ドアを開けて日差しに中に歩み出す。

 タカナシミユキはきのう20歳の誕生日を迎えた。

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