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真夏のアンダルシアに行ったら46度の炎天下でバスケをやるはめになり死にかけた話〈6〉|茉野いおた

私は正直その日、浮かれていた。

なしくずしのように同棲していた部屋を引き払い、いよいよ結婚のための新居を探し始めて2ヶ月。すったもんだのあげくようやく「ここだ」という部屋に行き当たった私たちは、その場で不動産屋さんに返事をした。

態度ばっかり丁寧で頭の悪そうな不動産屋を先に帰して、私たちはこれからの城にしばしたたずんだ。

大きな窓からは日が温かく差し込む。

理屈抜きにピンとくる物件だった。広いリビングも、おしゃれな和室も、どんな家具をどう置いたらいいか想像ができる。

お互いの職場のことを考えても、予算のことを考えてもベストの物件。私は心地よい疲れを感じていた。隣に立つ戦友と握手でもしたいような気分だった。

「やっと決まったね」

そうだね、いよいよだね、楽しみだね、次は家具か、いやその前に引っ越しだよ、まだまだこれからだね、でもまあ今日のところはビールでも飲みに行こうよ、そうしよう喉渇いちゃった……慣れ親しんだやりとりが予定調和のように想像される。

ところが彼の口から出てきた言葉は、まったく別のものだった。

「ごめん」

4年半の交際の間、一度も見たこともない不思議な表情をしていた。

「やっぱり結婚できない」

一度話し出すと、どんどん饒舌になっていった。思い詰めた表情は、話せば話すほど明るくなっていき、反比例するように私の顔はこわばっていく。

「祥子、こうなるまで引っ張ってごめん」

「どうして?」かろうじて言葉を絞り出す。

「やっぱり俺、自分より稼ぎのいい人と結婚するの、ムリみたいだ。ずっと大丈夫だと思ってたし、むしろ応援できると思ってた。周りから『高給取りの奥さんでいいな』なんて冷やかされても関係ないと思ってたんだ」

「それなら……」

「でも今回、いろいろ物件とか見て、これからの生活がリアルになってきたっていうか。ほんとにごめん」

そこまで言うと彼は深々と頭を下げた。かわいい頭の形。何度となくぐりぐりと抱きしめてあげた頭だ。「へ」の字を書いたつむじを眺めながら、呆然と立ち尽くすしかなかった。

西日はますますオレンジ色に部屋を照らしていた。

それからひと月あまり、つまり婚約を解消し、不動産屋さんに新たに「一人住まい用の物件を探してください」と依頼し直し、日々の仕事をなんとかこなし、それでもある日突然ひとり旅に出たくなった、という日々の間、私は一度も泣かなかった。

もちろん、あの日のことを思い出せば喉の奥は詰まるし、何も手につかなくなる。変な汗はかくし、誰にも聞かれないところで(ときには聞かれるところでも)「あーー」と叫んだことも一度や二度ではない。それでも、私は泣かなかった。

周囲はそんな私をかえって心配したけれど、私は私なりにしっかりと打ちのめされていた。涙が出なかったのは、悲しいとか悔しいとかよりも、諦めの気持ちが強かったからだ。

もう無理だ。もうがんばれない。

つくづく、恋愛は頭のいい人には向いてないと思う。小さいころから勉強が上手で、今もバリバリと働いている私のような女と恋愛は、そもそもの相性が悪い。

人の気持ちは努力では変えられない、という事実も、頭でわかってはいても受け入れたがたいし、かわいくてバカな子たちばかりがモテるのだって、純粋に腹立たしい。恋愛さえなければ、私の人生はイージーモードなのにと呪った夜もある。

でもそんなことを言ってすねてられるほど弱くもない私たちは“がんばる”のだ。手痛い失敗を繰り返しては学習する。

プライドの範囲内でかろうじて男に媚び、計算高いと思われないように密かに計算する。

こじれそうになる心を奮い立たせ、意地とお金で見た目を磨く。

自意識の壁にめげそうになっても、恋愛上手のライバルに苦杯をなめさせられても、なんとかほふく前進を繰り返し、自分に合った相手を見つける。

人並みの失敗を経た後、32歳で婚約までこぎつけたのは我ながらよくやったと思っていた。友達からも「でかした」とほめられた。

逆に言うと、ここ数年は恋愛から解放された気分で晴れ晴れしていたのだ。おつかれ、私。もうがんばらなくていいよ、と。

それなのに。

そりゃないよ。

もうムリだ。

立ち直れない気持ちに涙も出なかった。

二人住まいを探していたときはのろのろと動きが悪かった不動産屋さんは、一人用に切り替えた途端に、異常なやる気を見せ、毎日のようにメールを送ってくるようになった。

けれど、そのメールは私にとって、別れの事実を思い起こさせるスイッチだ。自然とメールを開くペースは落ちていった。


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