【最終回】真夏のアンダルシアに行ったら46度の炎天下でバスケをやるはめになり死にかけた話〈9〉|茉野いおた
ホテルに帰ってからのことはあまり思い出せない。思い出したくない。
表面も中身も丁寧に時間をかけてじっくりグリルされた身体は、どんな手を施そうとも冷めようとはしなかった。
バスタブに水を張り体を沈め、冷たい水を飲みアイスを食べ、冷たいシャワーをかけ続けるが、時すでに遅し。
頭はがんがんするし、ふくらはぎの日焼けは火ぶくれのようになっているし、トイレに入れば下痢が止まらない。
寒気が止まらず、顔は腫れあがっている(一度は本気で救急車を呼ぶことも考えた)。こんこんとわき出る熱と痛みで、寝てしまうこともできず、私はうんうんとベッドでのたうちまわった。
不幸中の幸いと言うべきか、おばあちゃんの吐息レベルだったエアコンは、おばちゃんのおしゃべりレベルには回復していた。18時を過ぎたあたりから、さすがに日差しの勢いも弱まった。
結局、20時を過ぎたところでようやく「人としてのなにか」を取り戻すことができ、すると今度は「グリルから取り出した肉は寝かせると熟成が進みます」とでもいうように、大変な眠気が襲ってきたので、結局その日は夕飯も食べずに泥のように眠りこんだ。
夢を見る。
バスケットをしている夢だ。大観衆が見つめる中でNBA選手である私は、何度となく華麗なジャンプシュートを決め、リバウンドを奪い、正確なアシストを繰り返した。
チームメイトがミスをするたびに私はウィンクし、「アゲイン」と励ましていた。
観客もチームメイトも監督も私に魅了されていることがわかったし、私自身とても誇らしい気持ちだった。
翌朝、猛烈な空腹で目を覚ました私はホテルの朝食をもりもりと平らげ、すぐに荷造りにかかった。
今日は昼前の列車に乗ってグラナダへ移動しなくてはいけない。目は盛大にむくみ、髪はバサバサで、体中が筋肉痛で痛んだが、気分はよかった。
フロントでタクシーを呼んでもらい、チェックアウトし出発する。
今日もアンダルシア地方は晴れ。車内はラジオの音をかき消すような勢いでごーごーとエアコンが回っている。
駅に向かう道中、バスケットコートの近くを通る。もしやと覗いたけれど、ティムの姿はなかった。
白く光るコートに薄オレンジのリング。こんなところで私は昨日バスケットを、文字通りぶっ倒れるまでやった。ほんとに? がさがさに荒れた指先を眺める。
あと少しで駅というところで、車はちょっとした渋滞にはまった。ケータイが震え、例のメールの着信を告げる。
ああ、もう。
いっそのこと通知を切ってしまおうと動かし始めた指が、ふと止まる。
「アゲイン、アンド、アゲイン」
昨日のことを思い出す。
暑さとまぶしさ。ティムの顔。
最後のシュートが入ったときの音がしない音。
アゲイン。
どれだけ失敗してもいい。
はい、最初からもう一度。
大きく息をつくと、不動産屋からのメールをタップし、返信を書き始める。車はまだ動かない。
「長らくご連絡できてなくてすみません。現在、旅行に来ています。来週には帰国しますので、そこから本格的に部屋探しを再開したいと思います……」
ドライバーのおじちゃんがフロントガラスを向いたまま「OK?」とこっちを気にしてくる。
ホテルで荷物をトランクに入れる時にも優しかった。
私は照れ笑いを浮かべ、日本語で「うん、だいじょうぶになった」と答えると、おじちゃんは意味も分からないだろうに親指をぐっと突き出してきた。
信号が変わった。
車は駅へ向かってゆっくりと走り出す。
〈完〉
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