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短編小説「for others 私の私は誰のため」第5話

セミナー会場は、川崎加穂子が経営するウーマンパワー社のオフィスだった。

本郷とお茶の水の間に位置する8階建てビルの5階に、定刻よりもずいぶん早く着いてしまった。一番乗りで気恥ずかしい。

コンクリートの天井がむき出しで、ところどころに大きな植物が配された流行りのカフェのようなオフィスで、中央には無垢材の大きなテーブルが置かれ、そろいではない品のいいスツールの数々がセンスを感じさせる。

窓からは光がたっぷり差し込み、アジアンテイストのいい香りもする。片隅にはビリヤード台まで置いてあるおしゃれさに気圧された。当たり前だけど、毎日出勤するスーパーの事務室とはえらい違いだ。

「田所美香さん、ですね。こちらのセミナーは初めてですか?」

受付をしてくれた女性は、私と同年代ぐらいだろうか。ショートヘアとつぶらな瞳が印象的だ。

「はい、この本を読んで」と、手元の本とチラシを示す。

「初めてでも、だいじょうぶですか?」

「もちろんですよ! 私は、こちらのイベントの手伝いをしている、事務局の桜井志保って言います。みんなからは志保って呼ばれてます。わからないことあったら、なんでも聞いてくださいね」

そう胸を張ると志保は、にっと笑った。リスっぽくてかわいい。

「私、こういうセミナーって初めてで」

「わかります、緊張しますよね。でも、だいじょうぶです。私ももともとは受講生だったんですよ」

「そうなんですか?」

「1年ぐらい前に川崎さんのこと知って、それから何度かセミナーに通ううちに、お手伝いすることになって。川崎さん、すごくいい人ですよ。エネルギーもらえるし、すごく刺激になります」

志保の人なつっこい話し方は、どこか由佳を思い起こさせた。

「でも私なんて、ぜんぜん冴えない普通の会社員だし」と目を伏せる。

「えー、そんな。美香さん、私も最初はそうでしたよ! でもこのセミナーで変わりました。いまでは起業とかも考えるようになって。やりたいことを素直にやっていこうって。それで最近は週末、こうやって川崎さんのお手伝いしてるんです。美香さんにとって、有意義な一日になるといいですね!」

他の参加者がぽつぽつと来始めた。せっかくだから、と、モニター近くの席に腰掛ける。

開始時刻の11時前になると、テーブルを囲むイスはすべて埋まった。20代〜40代ぐらいの女性ばかり20名ほど。みな、ごくごく普通の都心女子といったたたずまいだ。

こういうセミナーに来る人って、いかにも病んでる感じのヤバい人たちなんじゃないかと、勝手に心配していた私は内心、胸をなで下ろした。

〈続く〉


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茉野いおた
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