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現代詩人と現代写真家

谷川俊太郎さんが若い頃に撮影したリコーフレックスのネガフィルムが発見されて、それがギャラリーバウハウスでロングランで開催される。3月1日から5月までやっているらしい。

このiPad Proは変なやつで、日本語変換がおかしい。すなわち現代詩人と音声入力すると、このように出るのだが、現在を抜いて入力すると4人となってしまう。日本語変換がトリスタン・ツァラみたいな進んだ天才であることがわかる。
4人と言うと麻雀をやってそうな感じだね。それでここでは面倒なので、現代4人ではなくて現代詩人。

谷川俊太郎さんとはいちどお話をしたことがあって、もちろんPoemの話ではなくて、写真のポラロイドの話をしたのである。

別の現代詩人の吉増剛三さんであるが、これはうちのお隣で郵便局で偶然お目にかかったりする。つまり現在4人を同時に2人面識があると言うのは、これは自慢にして良いと思う。

若い頃、日本読書新聞のカメラマンをやっていた。関係でいろいろな現代詩人を撮影したことがあるが、結婚してから家人が言うには、家人は堀口大学の親戚であると言うのでびっくりした。

堀口大学の作品に感動していた私であるが、永井荷風が言うようにフランス文学を原文で読めない奴は人間ではないと書いてあるので、私は仕方ないから堀口大学に助けられて、日本語で読んだわけだ。

その堀口大学がどんなにかっこいい人かと思ったら、老人になっての堀口大学は頑固な呉服屋の親父みたいな感じでイメージが崩れた。1982年にまだ佃島に住み始める10年近く前に月島のラーメン屋に行って、そこで堀口大学の訃報に接したのは忘れられない。

もっとも、堀口大学は親戚にはあまり良い評判はなかったようである。大学の父上の外交官が再婚した相手がベルギー人の子連れであったと言うことも、当時の感覚からするとかふうに合わないと言う訳なのであろう。

そういえば、東松さんが撮影したカラー作品でマダム堀口というのがあったな。乗馬姿の颯爽としたスタイルであった。

家に残っている古いアルバムがある。そこに堀口大学の父親と再婚した奥様とそのお子さんが写っている写真で良い具合にセピア色になっているが、ホテルの1室から撮影されたものと思われ、背景にはクラシックな帆前船が並んでいるのが見える。

堀口大学はまだ少年と青年の間位の風貌である。その写真を文芸評論家の福田和也さんに見せたら、この時代のこんなに若い大学の写真は見たことがないと感激していたのも懐かしい。

堀口大学は、当時売れっ子の若手であって、千代田区の九段にある専門の出版社から派手にポエムを出していた。売れなかった稲垣がその出版社に原稿を売り込みに行ったけど、売れないからと言うので断られてその原稿を仕上げるためにと言う理由で50円を出してもらったと言うことが稲垣の本に書いてある。

稲垣のまとめた本はどこも出版してくれなくて、出版社10社を数えて、その頃フラフラしていた若者であった伊達得夫を騙して書肆ユリイカを作って、そこで限定500のマキニカリスを出したのである。

その伊達がしばらく経ってから17歳のエチュードに始まる1連の現代詩人の作品を出すようになったのだから、世の中は面白い

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