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11月第二弾 クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会

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過去30年で私がデジタルカメラに教えられた人生訓と言うものがある。カメラはどこのメーカーのを使おうが写真が上手くなると言う事は無い。あるいはカメラはどこのメーカーを使おうが写真は…
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#クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会

カメラノートスペシャル11月第二弾 クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会 1

1 なぜ時代遅れのデジタルカメラの愛好会を作ったのか? 理由は非常に単純である。今の進化し尽くした最新型のデジタルカメラが面白くないのだ。私も10年位前はデジタルカメラの仕事をやっていたのでカメラメーカーに忖度して悪口は書けなかった。でも完全に今はフリーの横長のデジカメじじいになったから文句は言い放題である。(つけて言えばデジタルカメラの横長の隠居のご意見番と言うわけだ。面白くないのは映画の広告と同じでこれぞ空前絶後の大傑作と言うので、子供向きのなんとかの剣では無いけども愛

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会 2

2 クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会は何を目指すのか? クラシックデジタルカメラあるいはオールドデジタルカメラを楽しむ市民の会は政治的な結社ではない。政治的な結社では無いからなおさら危険な市民団体になることを目指しているのである。要するにデジタルカメラメーカーにプラスになるアドバイスは何もできないと言うことが我々の強みなのだ。

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを楽しみ市民の会 3

3 40年前にソニーの研究所で開発が終わったばかりのMavicaを見せてもらった。いつかこういう時代が来ると予測していた 1982年の11月であったと思う。その当時私はアメリカのモダンフォトグラフィーと言う世界で2番目に大きなカメラ雑誌で発行部数750,000歩あるのであるがそこの極東通信をしていた。ボスのハーバートケプラーさんは世界中のカメラマーケットに非常に影響力のある人であった。それで80一年から82年の短い間であったがケプラーさんが日本にいらした時にその通訳兼アシス

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを楽しみ市民の会4

4 黎明期のデジタルクラシックカメラを思い出してみる アップルQuickTake上実に素晴らしいカメラだった道との遭遇だった。同時にこれで撮影をすると言う事はゲーム感覚でありスポーツ感覚でもあった。アップルが最初に提供したデジタルカメラである。まだアップルのユニークさがスティーブ・ジョブズの本にあったと言う時代である。アップルQuickTakeはちょっと見るとそれまでのデジタルカメラとはかなり違うスタイルをしていた。双眼鏡のようなスタイルで今のデジタルカメラが動く気がないの

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会5

5 黎明期のデジタルクラシックカメラを思い出してみる QV-10の成功を皮切りに多くの電機企業が一般消費者向けデジタルカメラの開発・製造を始めた。QV-10発売の2か月後にリコーから発売されたDC-1にはカメラとしては初めての動画記録機能を装備していた。今思うとこのカメラの仕上げはかなり良かった。ただしメモリーカードはまだフルサイズのやつで1 MBであったような記憶がある。それで値段もすごく高かった。まず最初にPCMCIAと言うカードアダプターを手に入れてそれを自分でパワ

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会6

6 クラシックデジタルカメラのメモリの値段が高いので苦労しました 黎明期のデジタルカメラはまだメモリーと言うものが内蔵式であった。1 MB位のメモリーが入っていたから350,000画素のデジタルカメラでファインモードにすると5枚ぐらいしか取れないのである。エコノミーモードにすると30枚ぐらいは撮影できた。もっとも私はストリートスナップシューターであったからじっくり構えて5枚撮影するよりも、ストリートを流して30枚撮影した方が自分の撮影スタイルには合っていた。

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会7

7 クラシックデジタルカメラで画像を吸い上げる事は長時間を要する仕事だった 25年前のクラシックデジタルカメラの時代と言うのは考えてみれば太古の時代のようなものである。私がよく使っていたクールピックス100と言うカメラは内蔵メモリーであって多分1 MB位のものであったと思うが、メモリーは取り出せないからコンピューターとLINEで結んでシリアルポート転送するのである。夜にセットしておいて一晩寝て朝起きてみるとようやくそこにデータが転送されていると言うようなスローライフであった

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会8

8 リアルビューファインダーが使えるようになってファインダーシステムの功罪 リアルビューファインダーが実用になる前のデジタルカメラと言うものはまだ実験段階のカメラシステムといってもいいようなものだった。実際の撮影方法としては光学式の一眼レフカメラであるがビューファインダー色のライカみたいなファインダーで画像の大体の感じを検討するだけでそれで撮影をしていたのである。しかし考えてみればこういうのは我々フィルムカメラ時代のカメラマンにとってはごくごく普通の撮影方法であったのだ。

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会9

9 直して使うことができないのがクラシックデジカメの最大の問題点 1930年に作られた黒い小さなライカを私が持っている。1975年にオーストリアウィーンに住んでいるときにアメリカのコネチカットのカメラ屋さんから通信販売で買ったものである。このカメラ屋さんとは非常にお付き合いが深くて1982年にニューヨークに行った時はグランドセントラルステーションのスワップ上で初めてお目にかかったこともある。その古いライカをずっと使っていて川崎の関東カメラサービスでオーバーホールをしてもらっ

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会10

10 私が愛するクラシックカメラ3姉妹 別に私が偏屈だからクラシックなデジタルカメラを使っていると言うわけではない。プロフェッショナルな仕事でエディトリアル両眼目先を変える9日早出進化が遅い次ではあるがいいじゃんなものだったら6,000,000画素もあれば充分仕事ができるのである。そればかりではなくて広告写真でポスター何か作る時でもまず15年前のデジタルカメラで何ら困ることがないというのが私のデジタルカメラの現実なのだ。でもそれは私が格好をつけて言ってるだけと思われがちであ

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カメラノートスペシャル11月第二弾。クラシックデジタルカメラを愛する市民の会11

11 クラシックデジタルカメラを楽しむ市民の会に参加しよう!

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