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乗り物のイラストや写真を使うときの法律上のポイント:著作権・意匠権・商標権・不正競争防止法・物のパブリシティ権を中心に

1.はじめに
子ども向けの絵本や写真集に、車や電車などの乗り物を題材としたイラストや写真を掲載したい、あるいはブログやSNSでお気に入りの乗り物を紹介したい、というケースは少なくありません。しかし、企業が製造している特定の車両や鉄道車両、バイクなどの外観が法的に保護されている場合、何らかの権利侵害が発生する可能性があるのではないかーと心配される方もいらっしゃることでしょう。とりわけ、自動車メーカーや鉄道会社などから「無断使用です」とクレームを受けるのではないか、という懸念をお持ちの方も多いと思います。

実際のところ、車や鉄道の外観は著作権や意匠権の保護対象になり得る場合がありますし、また企業のロゴやエンブレム、車体のデザインが商標登録されているケースもあります。さらに、近年では著名な芸能人やスポーツ選手などの氏名・肖像に限らず、「物(商品の外観)にもパブリシティ権が認められるのではないか」という議論も一部でみられます。

本記事では、そうした「乗り物のイラストや写真を用いる際に気をつけるべき法的なポイント」について、著作権・意匠権・商標権・不正競争防止法、そして“物のパブリシティ権”と呼ばれる権利を中心に整理し、解説してまいります。ただし、個別具体的な事案によって結論は異なる可能性がありますので、最終的には弁護士等の専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。

2.著作権法と乗り物の外観

(1) 美術の著作物として認められるかどうか
著作権法上、「美術の著作物」として保護されるためには、一般に純粋な芸術作品と同視し得るほどの高度な芸術性・独創性が要求されると解されています。たとえ産業上量産される工業製品でも、デザインに美術工芸品と評価し得るレベルの芸術性が認められれば、例外的に著作権法の保護対象となる可能性があります。

ただし、いわゆる「応用美術」に分類される工業製品や日用品などが、簡単に「美術の著作物」として扱われるわけではありません。例えばスーパーカーや著名デザイナーによるきわめて芸術性の高い車両デザインであっても、実際に著作権として保護されるかどうかは厳格に判断される傾向があります。

仮に「美術の著作物」と認定された場合は、そのデザインをそっくり模倣してイラスト化・立体化する行為が、著作権の複製権や翻案権を侵害するとみなされるリスクが生じるでしょう。しかし、応用美術に当たる工業製品でそこまでの保護が認められる事例は限られており、一定の創作性や芸術性があるというだけでは、直ちに著作権侵害となるわけではない点に留意が必要です。

(2) 写真やイラストの作成は「複製」や「翻案」に当たるのか
公道や駅構内などで見かけた乗り物を単に撮影するだけであれば、通常は著作権侵害には該当しないと考えられます。これは、一般の乗り物は、著作物性が認められないからです。

また、イラスト作成のケースでも、目の前にある対象物を目視して自分なりに描き起こす行為は、直ちに著作権法上の「複製」や「翻案」になるわけではありません。ただし、乗り物のデザインが著作権法で保護されるほど高度な芸術性・独創性を備えている場合には、設計図面をそっくりそのまま忠実に写し取るようなイラスト化が「複製」や「翻案」と見なされるリスクもあるため、注意が必要です。

3.意匠権との関係
(1) 意匠登録されているかどうか
意匠法は「物品の形状、模様もしくは色彩またはこれらの結合」であって、「視覚を通じて美感を起こさせるもの」を対象とし、かつ新規性や創作性等を満たすデザインであれば意匠登録により独占的な権利が付与されます。乗り物の外観が意匠登録されている場合、登録意匠または類似範囲にあたる製品を「業として」製造・使用・譲渡などする行為は意匠権侵害となり得ます。

ただし、乗り物の写真やイラストを描いて出版・印刷物に掲載する行為自体は、意匠法が規律する「実施」(製品として実際に作る、販売する等)には該当しないのが通説的な見解です。よって、単にイラストを描いたり写真を撮影することについては意匠権侵害にはならないと考えられます。

(2) 二次的な利用には要注意
一方で、乗り物のデザインをそのまま模して立体の玩具を大量に製造し販売するといった場合は、意匠権の侵害となる可能性があります。さらに、意匠登録された外観をグッズやパッケージなどに活用する際は、意匠権者の許可を取る必要があるケースも考えられます。

4.商標権との関係
(1) 車体のロゴやエンブレム
車体に貼付されているメーカーのロゴやエンブレムが商標登録されていることは非常に多いです。こうしたロゴをそのまま大きく写した写真やイラストを使って、当該商標を「商標的に使用」する、例えば商品パッケージや広告宣伝のシンボル的に利用する場合は、商標権の侵害が問題となり得ます。

ただし、単に写真やイラストにそれらのロゴが写り込んでいるだけで、しかもそれが商品・サービスの出所表示(いわゆるトレードマーク機能)として使われるわけではないのであれば、商標権侵害に該当しないとされることが一般的です。

(2) 文字商標への注意
メーカー名や車種名などが文字商標として登録されている場合、タイトルや商品名としてその名称を使用すると、商標的使用とみなされる恐れがあります。もっとも、作品の題名や本文中の記述としてメーカー名や車種名を言及するだけなら、ほとんどの場合は商標法上の問題にはならないと考えられます。

5.不正競争防止法との関係
(1) 周知表示・著名表示の保護
不正競争防止法第2条第1項第1号・第2号では、他人の商品等表示が周知または著名である場合、それと同一または類似の表示を無断で使用して混同を生じさせる行為、または著名表示を冒涜する行為は不正競争となります。車や鉄道車両の場合、メーカーや鉄道事業者の名前やロゴが広く認知されていることが多いので、その表示を利用した結果、あたかも正規のコラボ商品や正式ライセンスを受けた商品であるかのように誤認混同させるならば、不正競争防止法に触れる可能性があります。

(2) 商品形態模倣の問題
不正競争防止法第2条第1項第3号では、他人の商品形態(形状、模様、色彩、これらの結合など)を模倣した商品を販売するなどの行為が、製造等を開始してから3年間は禁止されています。ただし、ここでいう「商品形態」とは、あくまで工業製品としての立体的形状や意匠的特徴を指すのが一般的な解釈です。したがって、単に乗り物の写真やイラストをブログや書籍に掲載するような行為は、商品形態を“模倣”した商品を製造・販売しているわけではありませんので、通常はこの規定の対象外と考えられます。

もっとも、実際に乗り物のフォルムや外観をそのまま立体化して玩具や模型を製造販売する場合、元の乗り物に独特の形状上の特徴があり、それが同法上の「商品形態」とみなされるようなものであれば、模倣品として不正競争行為に該当する可能性があります。とりわけ、販売対象が同一または類似の市場であり、かつ混同を引き起こす虞(おそれ)が高い場合には要注意です。

6.「物のパブリシティ権」はあるか

近年、著名人やスポーツ選手の氏名や肖像について「パブリシティ権」という権利が認められる場合があることは比較的よく知られるようになりました。これは、著名人の氏名や肖像がもつ顧客吸引力(経済的価値)を勝手に利用されないよう、当該著名人本人に独占的なコントロール権を認める考え方です。

一方で、乗り物などの「物(商品の外観)」にも同様のパブリシティ権が認められるのではないか、という議論が一部で提起されています。具体的には、有名な自動車メーカーや鉄道会社が製造する車両・列車の外観には、企業や商品のブランドイメージが込められており、これを無断で利用されると「物のパブリシティ権」の侵害になるのではないか、という主張です。

(1) 判例・通説上の見解

もっとも、わが国の裁判例や通説的見解では、「物のパブリシティ権」を一般的に認めることには否定的です。現在、判例上は「商品そのものの所有者が排他的に使用を支配できる権利(いわゆるパブリシティ権)」は原則として存在しないとされており、そもそも物の外観だけであれば、著作権や意匠権、商標権あるいは不正競争防止法による保護を検討すべきだという考え方が主流です。

車や鉄道車両の外観が非常に特徴的で、それ自体が美術著作物や意匠登録の対象となり得るほどの芸術性を備えている場合には、前述のように著作権法や意匠法が問題となります。またメーカー・鉄道会社のロゴや名称が商標登録されている場合には、商標権や不正競争防止法の問題が生じます。さらに、商品形態を模倣して他者の商品と混同を招くならば、不正競争防止法の規定が適用される可能性があります。

このように、既存の知的財産権や不正競争防止法によって十分に対処し得るものが多いため、改めて「物のパブリシティ権」という独立の権利を認める必要性は低いと考えられているわけです。

(2) 「物のパブリシティ権」の主張はあり得るか

もっとも、特定の有名ブランドや老舗企業などが長年にわたって築き上げてきた外観・イメージを、第三者が営利目的で恣意的に利用したとき、そこに“顧客吸引力をただ乗りする”行為が認められる可能性はあります。このような場合、商標権や意匠権に該当しない要素でも、「周知表示・著名表示の保護」(不正競争防止法2条1項1号・2号)などで対処されることがあるため、実務上は「パブリシティ権」を明示的に論じる前に、不正競争防止法での評価を検討するケースが多いと言えます。

結論としては、現在の日本法制のもとでは、乗り物など“物そのもの”の外観について「パブリシティ権」という形で包括的に保護する仕組みは確立されていません。ただし、外観そのものが他の知的財産権や不正競争防止法の保護対象となったり、あるいは実質的にそれらと同等の機能を果たす議論が展開されることは十分あり得るため、実務上は要注意です。

7.まとめ:乗り物の外観利用にあたってのチェックポイント

以上のように、乗り物のイラストや写真をブログや出版物に掲載する場合、またはグッズ化するような場合には、以下のような法的チェックポイントを踏まえる必要があります。

  1. 著作権法の問題

    • 車や列車などのデザインが「美術の著作物」と認められるほど独創性・芸術性が高いかどうか。

    • 単に写真を撮る行為やイラストを描く行為は、原則として複製権や翻案権の侵害に直結しないとされることが多いが、精密なコピーに近い表現や立体化する場合には注意が必要。

  2. 意匠法の問題

    • 意匠登録がされている場合、該当の乗り物デザインを用いて「物品」を製造・販売する行為(=意匠法上の“実施”)は意匠権侵害になる可能性がある。

    • しかし、単にイラストや写真を印刷物やウェブ上に掲載するだけであれば、通常は意匠権侵害にあたらないと解釈される。

  3. 商標法の問題

    • 車体や列車に付されたロゴ・エンブレムや、メーカー名・車種名が商標登録されているか。

    • 商標として“出所表示”の機能を果たす形で第三者が利用すると侵害となる可能性がある。単なる説明・紹介目的なら問題になりにくいが、商品名や広告宣伝に無断利用する場合は要注意。

  4. 不正競争防止法の問題

    • 周知・著名な表示や形態を無断で使用し、混同を生じさせる行為は不正競争防止法違反のリスクがある。

    • 商品形態の模倣(第2条第1項第3号)については、立体物としての模倣商品の製造・販売などが対象であり、写真やイラスト自体は直接は該当しない。

    • もっとも、第三者が企業のブランドイメージを利用して自らの利益を図るような態様であれば、同法の周知表示・著名表示に関する規定で問題となる場合もある。

  5. 「物のパブリシティ権」の問題

    • 物の外観そのものにパブリシティ権を認めるかについては、現行の日本法制下では否定的見解が有力。

    • しかし他の知的財産権や不正競争防止法を経由して保護される場合もあり、実質的に“顧客吸引力”のただ乗り行為が問題とされるケースは存在する。

  6. 権利者との交渉・許諾

    • 上記の法律問題が懸念される場合には、トラブル防止の観点から、関係するメーカーや鉄道会社に事前の許諾を求めることも検討すべき。

    • ただし、著作権や商標権などが成立していなければ必ずしも許諾は必要ない場合もあるため、まずは法的リスクを整理したうえでアクションをとることが望ましい。

8.実務的な注意点と結論

実務的には、例えばブログや書籍での「紹介目的の写真掲載」や「作品としてのイラスト掲載」であれば、著作権・意匠権・商標権・不正競争防止法上の問題が発生する可能性は比較的低いと考えられます。なぜなら、公道を走る車や駅構内の電車などを撮影する行為自体は、通常は法が想定する「複製」や「実施」、「商標的使用」とはみなされにくいからです。

もっとも、著名な乗り物をあたかも公式ライセンスを受けているかのように誤認させる広告・宣伝活動を行ったり、メーカーや鉄道会社のロゴを強調して自社製品の宣伝に利用したりすると、商標権侵害や不正競争防止法違反に発展し得ます。さらに、外観に強い芸術性が認められる乗り物をほぼ完全に模倣して3D商品を制作・販売するような場合には、著作権侵害や意匠権侵害のリスクが高まるでしょう。

一方、「物のパブリシティ権」に関しては、わが国の判例・通説上、積極的に認められているわけではありません。ただし、企業やブランドが長年かけて形成してきた顧客吸引力を無断で利用し、消費者に誤認を与えるような態様であれば、不正競争防止法などの他の法的根拠によって差止・損害賠償の対象となるおそれがあります。

したがって、乗り物の写真やイラストを用いる際には、以下の点を押さえておくと安全です。

  1. 公道や駅で撮影した写真をブログ・SNS等に載せる程度であれば、通常は大きな問題にならない。

  2. しかし、製品やパッケージ、広告宣伝に利用する場合は、商標法・不正競争防止法を意識する必要がある。

  3. デザインに強い芸術性や独創性がある車両・列車の場合、著作権や意匠権が絡む可能性があるため要注意。

  4. ロゴやメーカー名、車種名などを大きく表示して“公式感”を演出すると、混同を生じさせるおそれがある。

  5. トラブルを避けるため、事前にメーカー・鉄道会社に使用許諾を得る選択肢も検討する。

総じて、乗り物の外観を写真やイラストとして描写したり、それを出版・印刷物に掲載したりする行為については、多くの場合は直ちに権利侵害になるわけではありません。しかし、権利者の正当な利益を害し、または消費者に誤解を与えるような態様での使用は、著作権法や意匠法、商標法、不正競争防止法等に違反するリスクが生じます。

結論としては、「その乗り物の外観にどのような知的財産権が付与されているか」「掲載や利用の態様がどのようなものか」「消費者に誤認混同を招く可能性があるか」等を一つひとつ確認したうえで、必要に応じて権利者への問い合わせや法律専門家への相談を行うのが最適策と言えるでしょう。

9.おわりに

子どもたちの興味を引く車や電車などの乗り物は、創作活動や出版物、さらには各種メディアで扱う素材として人気が高い題材です。実際、多くの場合は問題なく利用できますが、デザインやブランドとして保護されるケースも存在します。特に営利目的で利用する場合には、思わぬトラブルを防ぐために法的リスクの洗い出しを行い、必要があれば権利者に許可をとることが望ましいでしょう。

法律は日々アップデートされ、判例も蓄積されていきます。最終的な判断を下すにあたっては、専門家に相談することをおすすめいたします。本記事の内容は一般的な解説であり、個別具体的な案件の法的結論を示すものではない点にご留意ください。

皆さまが安心して、楽しくクリエイティブな作品を作り上げられる一助となれば幸いです。

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