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ツイッター風刺漫画リツイートで名誉毀損、110万円判例

以下では、東京高等裁判所令和4年11月10日判決(原審・東京地裁令和3年11月30日判決)につき、ツイッター投稿(漫画のイラストを含むツイート・リツイート)による名誉毀損・名誉感情侵害が問題とされた事案を素材に、その事実関係や法的争点、そして裁判所の判断内容を中心に整理・解説します。本件は、SNS時代における名誉毀損訴訟において、いわゆる「風刺漫画」や「リツイート」がどのように評価されるかを明確に示した事例として注目されます。判タ1521号81頁でも取り上げられていますので、以下の説明が実務や紛争予防の参考になれば幸いです。

1 本件の概要

(1) 事案の骨子

本件の当事者関係は以下のとおりです。

  • 被控訴人(原告X)
    フリーのジャーナリスト。元テレビ局社員のA(以下「A氏」と呼びます)から性的被害(以下「本件性被害」)を受けたとして告訴・民事訴訟を提起。海外メディアの取材を受けるなど社会的注目を集める。

  • 控訴人Y1(原審被告。以下「Y1」と表記)
    漫画家(ツイッター上で数万人規模のフォロワー)。被控訴人に対する複数のツイートを投稿。イラスト付きツイートや侮蔑的文言によって被控訴人の名誉を毀損したなどと訴えられる。

  • 控訴人Y2(同上。以下「Y2」と表記)
    Y1の投稿(ツイート)をコメントなしでリツイート等。これにより名誉毀損行為に加担したとされた。

  • (参考)1審被告Y3
    別のリツイート実行者。同被告にも11万円の支払が認められたが、同被告については控訴がなく原判決で確定している。

元来の争いは、被控訴人が「Y1による一連のツイート(計5件)」及び「Y2によるリツイート」が、自身の名誉・名誉感情を違法に侵害しているとして損害賠償を請求したものでした。原審は、Y1のツイートのうち1件目を除く4件(ツイート2ないし5)を違法と認定し、合計88万円の損害賠償(慰謝料+弁護士費用相当)を命じました。さらにY2に対しては11万円の支払を命じ、Y1に対する謝罪広告掲載請求は退けています。
Y1・Y2はこれを不服として控訴し、被控訴人も附帯控訴・追加請求を行うことになりました。

(2) 背景事情――別件性被害訴訟との関係

被控訴人は「A氏」による準強姦被害を主張し、刑事告訴→不起訴→検察審査会申立を経た後、民事(別件)訴訟を提起。別件訴訟の一審・控訴審判決では、A氏の反論(合意があった等)を退けつつ「本件性被害は存在した」と認定しました。もっとも、A氏の名誉毀損反訴については一部認容された部分もあり、被控訴人の著書に含まれていた「デートレイプドラッグ」関連の記述は真実とは認められず、A氏への賠償義務が生じています。

本件(Y1・Y2との訴訟)は、こうした別件訴訟の最中・または判決後にSNS上で行われた投稿について、被控訴人が「枕営業」や「虚偽のレイプ被害申告」呼ばわりされたことで名誉を毀損された等と主張した事例です。

2 原審・控訴審判決の概要

(1) 原審(東京地裁令和3年11月30日判決)の結論

  1. Y1(漫画家)に対する損害賠償請求

    • ツイート1(精神疾患示唆)は名誉毀損にならず不法行為不成立。

    • ツイート2~5(枕営業失敗、虚偽レイプ被害者などの表現)については名誉・名誉感情を侵害。

    • Y1に損害賠償合計88万円(慰謝料80万円+弁護士費用8万円)支払を命じた。謝罪広告掲載は不要と判断。

  2. Y2(リツイート)に対する請求

    • Y2はコメントなしでY1のツイートを引用リツイート。これが原告の社会的評価を低下させる効果を持つ拡散行為だとして責任を認め、11万円の賠償を命令。

  3. Y3(別のリツイート被告)

    • 同じく11万円で確定(控訴なし)。

(2) 控訴審(東京高裁令和4年11月10日判決)の結論

本件ではY1・Y2が控訴し、被控訴人が附帯控訴・追加請求をした結果、次のような判断が下されました。

  1. Y1に対する部分

    • 地裁と同様に、ツイート2~5について名誉毀損・名誉感情侵害を認定。

    • ただし賠償額を「100万円(慰謝料)+10万円(弁護士費用)=計110万円」に増額。

    • 謝罪広告請求は改めて否定。

  2. Y2に対する部分

    • 原審どおり、リツイート責任で11万円を維持。

    • さらに控訴審中に新たに問題となった「本件イラスト5-1を添付した別人投稿を再リツイート」した行為(追加請求分)についても不法行為成立を認め、追加で11万円の支払を命じた。

    • 削除請求などは必要ないとして却下。

3 裁判所の主要な判断ポイント

(1) 「枕営業」「虚偽のレイプ被害」の事実摘示と名誉毀損

Y1は、「就職をあっせんしてもらう見返りに合意で性交渉したが、うまくいかず、その後2年も経って虚偽のレイプ被害を言い出した」という趣旨の文言・イラストを繰り返し投稿していました。
これらは“性被害そのものが実は存在しない”という重大な事実を指摘する行為と位置づけられ、一般の読者の普通の読み方を前提にすれば、被控訴人の社会的評価を著しく低下させる旨が認められています。
また、文中に侮辱的なフレーズ(「枕営業大失敗」など)も散見されるため、名誉感情の侵害も肯定されています。

(2) 風刺漫画か、単なる意見・論評か

Y1は、投稿したイラストを「風刺画」であるとして、意見表明や論評にとどまる(よって名誉毀損に当たらない)と主張しました。
しかし裁判所は、「風刺であっても、イラスト内で具体的な事実の存否を示唆する表現であれば、証明可能な事実の摘示となる」とし、一連のツイート文面やイラストに記載された文言の内容を踏まえれば「原告が枕営業をでっち上げた」という事実摘示だと評価しました。したがって、単なる論評ではなく、名誉毀損における“事実の摘示”があったと判断されたのです。
加えて「風刺漫画だから直ちに違法性が否定されるわけではない」との指摘も重要です。風刺の手法による“社会批評”だとしても、実名・容姿等を特定可能な形で虚偽事実を示唆すれば、名誉毀損は成立し得ます。

(3) 真実相当性の有無(違法性阻却事由)

本件では、Y1は「検察審査会が不起訴相当を議決していた」「相手方(A氏)が被害を否定していた」などを理由に、「真実(または真実と信じるにつき相当理由)がある」と主張しました。
しかし、既に別件訴訟で性被害が一部認定された時点や、被控訴人が刑事処分や検察審査会議決に納得せず公に顔出し会見・民事提訴・著書執筆・海外メディア取材出演等を続ける経緯を踏まえると、単に不起訴や検察審査会議決があったというだけで「原告が虚偽の申告者」と断定し、しかも枕営業なる全く別の合意説を唱えるのは調査不足・不合理だと判断されました。
そのため「真実性もしくは真実相当性は認められない」と結論づけられています。

(4) リツイートによる不法行為

Y2・Y3は、いずれも「自らツイートしたわけではない」「他者のツイートを引用しただけ」と主張しましたが、判決はリツイートの態様や文脈を丁寧に検討しています。

  • コメントなしリツイートの評価
    通常、コメントなしリツイートは「元ツイートを肯定的に紹介する」ものと受け止められやすい。ツイート前後の言動等により批判や中立姿勢が明示されていれば別ですが、本件ではそうした事情がなく、むしろY2は「同種の投稿に賛同して拡散」する文脈が伺えた。
    よって、リツイート投稿者も元ツイートの違法な内容を「自己の表現」として賛同拡散したとみなされ、共同不法行為的に責任を負うとされたのです。

  • 追加リツイートについて
    控訴審中に判明した「判決後にイラストを再投稿・拡散した」リツイートに対しても、同趣旨で不法行為責任が新たに認定されました。「いいね」を併せて押下した点も考慮され、明白に賛同している姿勢と評価されました。

(5) 損害賠償額

  1. Y1:110万円

    • 原審88万円からさらに増額された点が特筆的です。

    • 風刺画や複数ツイートが繰り返された事、別件訴訟判決後も投稿が続いて被害が拡大した事、4万人超のフォロワーを抱える影響力等を踏まえ、「悪質性」「被害の深刻度」が高いと評価されました。

  2. Y2:合計22万円(11万円+追加リツイート分11万円)

    • 原審時点では11万円のみでしたが、控訴審での追加請求部分も認められ、合計22万円相当に。

    • 「リツイート責任」を改めて認めつつ、削除請求などは退けられています。

(6) 謝罪広告・投稿削除請求の成否

被控訴人は、Y1に対して謝罪広告掲載をも要求しましたが、原審・控訴審ともに「金銭賠償で回復が可能な範囲を超えない」「投稿アカウントが凍結等もある」などの事情から必要性を否定。投稿削除命令についても過剰救済として認められませんでした。
裁判所としては「強制的に謝罪広告・削除まで命じるほどの必要性は高くない」と判断したわけです。

4 考察・実務上の示唆

  1. SNSにおける“リツイート”の法的責任
    本判決が象徴的なのは、コメントや批判を付さずリツイートしただけでも、「元ツイートの内容に賛同し拡散させる行為」と評価されうる点です。ツイートそれ自体が名誉毀損に当たるとすれば、リツイート者も共同の不法行為主体たり得ることがあらためて示されました。

  2. “風刺画だから大丈夫”とは限らない
    漫画や風刺画であっても、具体的に特定の人物への虚偽事実を摘示すれば名誉毀損に該当しうると明言しています。論評・意見ではなく事実摘示として判断されるかどうかは、文章やイラスト全体の文脈に左右されるのです。

  3. 不起訴処分・検察審査会議決=真実相当性が直ちに肯定されるわけではない
    刑事事件で不起訴や不起訴相当議決が出ていても、民事の名誉毀損訴訟で「(被害主張は)嘘だと信じたことに理由がある」と認められるかは別問題という点が注目されます。本件では、被害者側が積極的に真実性を訴え、メディア等でも報じられ、別件民事でも事実認定されるに至ったため、「不起訴や審査会結論だけで虚偽申告だと断定するのは不合理」とされました。

  4. 被害者名誉回復の救済方法
    本件でも謝罪広告や投稿削除までは認められませんでしたが、金銭的賠償については一連の投稿を併せた上で高額化する判断を示し、慰謝料の評価を重視していることが分かります。SNS由来の名誉侵害は発信者に対する各種措置(削除命令など)が注目されがちですが、裁判実務では最終的に金銭救済に重点を置きがちな傾向が窺えます。

5 結語

本件判決(および原審判決)は、SNS・ツイッター(現X)上の投稿による名誉毀損が争われた中でも、「漫画家による風刺画」の名誉毀損性、「リツイートだけでも責任が及ぶか」という点を明確に説示した重要な事例といえます。刑事上の処分結果とは独立に、民事裁判の過程で性被害の存否を改めて判断し、被告の言動が“合意の性的関係を虚偽のレイプとしてでっち上げた”と断定する根拠を欠くと認定された点も意義深いところです。

さらに、控訴審でY1の慰謝料が80万円から100万円へと増額された事情から分かるように、投稿が及ぼす精神的苦痛、特に「性被害を虚偽だとされる」という行為の深刻性が強く認識されました。リツイートについても、「コメントなし=賛同・拡散」と推測されやすいことに注意が必要です。

SNSは気軽に投稿・拡散ができる一方、名誉毀損・人格権侵害のリスクも高いと言えます。本判決は、こうしたリスクを改めて具体的に示したものであり、他者の投稿をリツイートする際にも、表現者自身の責任が問われうることを示唆しています。企業や個人がSNS運用ポリシーを考えるうえでも有用な参考事例となるでしょう。

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