さて、毒消し売りの旅も佳境。今回は毒消し売りから少し派生して、絶版の「越後の女性とその社会的背景」(1961年発行)という高校のクラブ活動から編纂された書籍をみてみます。「毒消し売り」だけではない越後の各地域に生きる女性の歴史の一幕を感じる一冊です。
「まえがき」から、編纂者の思い
この本は新潟中央高等学校、社会科学クラブという高校のクラブ活動の数年の成果をまとめたものです。「日本社会に定着する民主主義とは何か」という問題を「日本女性のしあわせ」という観点から共同研究し、構成員は先生以外は全員、女生徒によって構成されています。
驚いたのは、このまえがきの次に書かれた「問題の所在」の文章。当然、顧問の先生の文と思われますが、この志あっての取り組みであっただろうということです。敗戦後の新しい憲法、制度の変化などについての経緯がつづられ、そのあと以下、長い文章ですが、引用。
ということで、昭和30年代の前半、戦後の混乱期から少し落ち着いて来た中で、このような問題提起とともに研究が始まります。対象はいくつかの村・街・地域ごとにスポットを当てて各班ごとに研究を進めた形です。対象の地域は以下の通り。
「赤倉の女性」:山村の閉ざされた社会、古くからのしきたりの中で生きる女性を。
「間瀬の女性」:世の中の変化を強く受けると、どのような変り方をするか。
「毒消し売りの女」:多くの矛盾を生活の周囲にもちながら…。
「野積の女性」:新しいものと古いものがするどく対立する中でどう生きるか。
「中之島の女性」:新しい時代の変化に積極的に順応してゆこうとする姿を。
「入広瀬の女性」:近代産業の影響を受けるとどう変わるのか。
「石名の女性」:佐渡という風物詩的な見方をされる土地で、どんな社会構造の中で、どう生きているか。
「朝一の女性」:華やかな都市の一隅に逞しく生きる女性とその背後の姿を。
データ・図表・聞き取りと多角的
さて、上記の地域の研究を全ては語れないので、どんな調査をしているかをいくつか紹介して、もう一つは毒消し売りの章を少し詳細に見てみます。
基本はその地域の成り立ちや村の運営、家族構成、女性たちの暮らしぶり、家計の事などなど本当に多角的にアプローチしています。
「赤倉」という閉ざされた地域では、特に家門というか本家(「おもだち」と呼ぶ)を紐解きます。この部落では6軒の本家があるとのこと。
結婚にあたり「ふさわしい人」とは、この地域ではどのようなこと意味するのかを、上記のような調査をしながら客観的に考察しようと試みています。閉ざされた狭い地域の調査であっても、これは労力がかかる調査です。
「中之島の女」の章では、社会情勢の変化、不安定さを解消すべく、農協による月給制を地域で採用。昭和31年から農民の家計簿というものをはじめ、家計簿をつけることで、家も、農業経営ももっと計画的に行おうということです。
「入広瀬の女」は、現在の只見線の電源開発という仕事・産業が地域や家族・仕事に与える影響を調査しています。この地域に住む女性のライフヒストリーも記録されています。
「石名の女」の章では、佐渡の集落の中の家族構成をつまびらかに調べながら、女性が働く時間、結婚にも注目し、さらには下記のような現在の生活の中での「楽しみ」、「困ること」についても聞き込みの調査をしている。世代ごとの貴重な記録ですね。
今の私たちと同じ楽しみ、悩みもあれば、この時代だから…というものも見られます。複数名で共同して行う学校での研究という意味ではとても、実際的で、価値の高い資料ではないでしょうか。
「越前浜の女」矛盾の中に生きる毒消し売り
さて、毒消し売りについて。いくつか、初めて見る記述がありました。
毒消丸から移動百貨店に至るまで、モノが自由に買える都会の地では商売が難しくなっているということですが、盛んな時期には、樺太・台湾・朝鮮・中国にも出かけたというが、現在では、関東地方・中部地方・東北地方の南部・北海道に若干という状態である、とのこと。
戦前の大陸との交流が盛んな時期は船で客船に乗って行き来していたようです。
また、「かけ」という結婚について。(詳細は前の記事で紹介した本にも記載あり)ほとんどの女性が毒消しの行商に出ている越前浜での結婚平均年齢は、新学制迄は十六、七才であったが、今では二十一、二才。「かけ」というのは縁談がきまっても、嫁は「かけ」の期間だけ実家に滞って働く。結婚式をあげて、嫁が婿の家に移る迄の間を「かけ」という。「かけ」の期間中毒消しの行商の場合は、お互いに離れているので、夫婦生活はない。部落に帰れば、実家の農業を手伝ったり、手が空けば婿の家に手伝いに行く。こうして行ったり来たりする期間が昔は7,8年ということもあったが、今は2,3年とのこと。以下、ある夫婦のお話し。
女の暮らしとしあわせ
しあわせとは何か、苦しみの連続なのだろうかという問いに、おばあさんたちが自分たちの言葉で語っています。
私たちのしあわせって、前の世代、その前の世代から綿々とつながって、今に至っている…
「あとがき」 社会科教育へのメッセージ
「社会科」、小中高と進むに従い、どうしても授業が知識偏重に陥る中、ここに綴られている「あとがき」は、まさに社会科という学びの神髄に近いものが書かれていると私は思います。また全文載せられませんが、一部引用。
日本の部活動、クラブ活動は正直今でも、先生たちの熱意・善意で支えられているところが多いですが、このような先生に出会った生徒も幸い、このような場で、一緒に学んだ監修の先生も幸いだったのではないでしょうか。
「毒消し売りの旅」ここで書籍で巡る旅はひと段落。最後、素晴らしい書籍に出会いました。近いうちに、「毒消し売り」の地を訪ねる旅に、出かけてみたいと思います。
ご覧頂き、ありがとうございました!