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第40編 ニワトリ降霊

「まったく、最近は、科学だサイエンスだと、なんでもかんでも
数字で明かされてしまって、このまま降霊術の仕事だけで食って
行くのは厳しいかもな」

ここは、山あいの郊外に位置する、ある降霊術師の館

一時期は、魂だの前世だの、オーラだのスピリチュアルだのと
マスコミが騒ぎ立て、この館もそれ目当てのお客で連日大盛況だった
のだが、ここ最近は、人工知能だ、遺伝子だ、ブラックホールだのと
数字が正義の科学に民衆の関心が移ってしまい、なんだかよくわからない
オカルト的なものは、とんと下火になってしまい、収入の落ち込んだ
降霊術師は雑誌や本を読みながら打開策を考えていた

「実際、オカルトと科学にはそれほど違いはなくて、ただ人間が決めた
尺度に、みごと数字が当てはまるか、はまらないかの違いだけで、
この世の全ては自然的な力だ、という意味では何も変わらないし、
よくわからない怪しいものとしてはどちらも怪しいものだけど、どうやら
民衆というのは数字に弱いらしい。これからの人生100年時代とか、”あなたの遺伝子がわかる本”が大人気50万部突破とか
世界の自殺者が年間80万人と言われている中、あなたは今後100年生きられるんですか?とか、自分の遺伝子がわかったところで、あなた、一体どうするつもりなのですかとは思うんだな、今のところは
まぁ、それもある意味、それも進化の過程なのかもしれないし・・・って、そんなことを考えている場合じゃないぞ!
ええっと、何か打開策に通ずる興味深い記事や文献はないかなっと・・・」

ペラペラとある本をめくる降霊術師

「おっ、これは使えるかもしれない。なになに、鶏は三歩歩けば忘れると」

降霊術師は興味深い記事を見つけ、本に折り目をつけた

「今も昔も、人として生きている限り色々と忘れてしまいたいことも多いことでしょう、そこで降霊術によってお客様の記憶をきれいに消して差し上げます。とかなんとか言って、お客に鶏を降霊させ三歩歩いたところでパッと戻せば、きれいすっきり何もかも覚えていない、つまりは先に料金をいただいておいて、術をといた後に後払いですとかなんとかごまかして、もう一度
料金をいただけば、収入は倍増というわけだな、よしよし」

結局は、降霊術など、彼らにとってはよくわからない怪しいものなので、
本当に降霊していたとしても、嘘か本当かなんて誰も文句はつけられまい
したり顔の降霊術師だったが、ふと疑問に思う

「・・・おや、しかし、記憶はどの程度消せるのだろうか?三歩歩いて忘れる?おそらく直前の記憶だけだろうなぁ。直前ってどの程度の前のことなんだろう? ああ、わかりずらい、もっとこう具体的に示してもらわないとわからないなぁ」

降霊術師は、本から目線を外すことなく、カップを口に近づけ紅茶をすする

「いや、よく考えると、降霊中はその霊の記憶だから、三歩歩いて忘れるのは、お客の記憶ではないんだよなぁ。とすると鶏の霊を降霊しようがしまいが、お客の記憶はまったく消えないことになってくるな・・」

降霊術師の眉間に深くシワがよる

「いやいや、待てよ。そもそもなんで鶏は三歩歩けば忘れると言われているのかということだよな。どれどれ・・・あ痛!ことわざなのか、なんだ例え話じゃ、なんの信憑性もないじゃないか、全く危うく、うっかりペロッと
だまされるところだった・・・くそっ」

降霊術師は、あーでもないこーでもないとブツブツ呟きながら、いろんな本をめくっては閉じ、めくっては閉じの作業を繰り返すばかりだった

結局のところ、降霊術師は理論的に物事を考えすぎてしまい、アクティブになれない。つまりは、小難しく屁理屈をこねるばかりで行動に移れない、
まったくもって面白味のない人間になってしまったのだ

世界で唯一の能力、鶏を降霊させることが出来るという特異な能力を持っていながら

春の青さが目立ち始めた館の庭では、鶏たちがお互いにコッココッコいいあいながら、本能のままに虫やミミズをついばんでいる

降霊術師はその光景を窓に肘をついて眺めつつ、ふぅーっと、大きな息を
吐きながら、数年前のあの出来事を思い返していた

「あの時、なんで私は人間になりたいなんて願ったのかな? 鶏のままなら
今も、彼らのように、もっと気楽に生きることができたのだろうに・・・」

数年前、鶏を降霊術師へと変えた不思議な力は、あれきり、もう消えて無くなってしまったが、現在の降霊術師は、鶏を降霊させることが出来るという能力を、自分自身、つまりは降霊術師自身に使おうとすることもなかった

人の姿をして、鶏として生きるよりも、人の姿で人として生きるために

窓からはいってきた、あたたかな春の風が本のページたちを泳がせる
庭には鶏が一匹増えていたが、降霊術師の姿はどこにも見当たらなかった

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小林かびる
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