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それは、世界を手に入れるという、ひとつの目論み

映画『博士と狂人』を見てきました。映画の内容に触れますので、未視聴の方はご注意ください。
『博士と狂人』は、世界に名だたる大辞書である、オックスフォード英語辞典を初めて編纂した博士と、それを支えた犯罪者の物語です。

オックスフォード英語辞典といえば、わたしは大学の図書館を思い出します。
全何巻にも及ぶ大辞典、個人で持つことは、一般人には不可能です。OEDにはオンライン版もありますが、無料で使えるものは語彙数が限られているので、どうしても紙の辞書が必要なときがあるのでした。

言葉は生きている、と映画の中でも言われていますが、本当にその通りです。
言葉は、時代とともにどんどん変化していきます。大学で勉強しているときにおもしろかったのは、文学部にいる外国人のわたしが知っている古い用法を、経済学部にいるネイティブの友人は知らない、といった現象でした。

たとえば、“without”という単語がありますよね。前置詞で、“〜を除いて”という意味で使われます。
では“without”の反対語は何かというと、“with”で、これは“〜と共に”という意味です。
ここで、英語を習った人ならばふと疑問に思うかもしれません。
“Out”外への反対語は、”in”中へ、ではないのかと。そしてその推論は、理にかなっているのです。
あれは確かエリザベス朝演劇の授業だったと思うので、17世紀ごろの用法のはずですが、“without”は「〜の外側で」という意味で使われていました。ちょうど、”within”が「〜の内側で」であるように。なので、”within the city”は「街の中で」、”without the city”は「街の外で」というように使われます。

言葉を集める、編纂する、という事業は、わたしは三浦しをん著『舟を編む』という小説で知りました。こちらはフィクションですが、国語辞典を編纂する人々の物語です。わたしはこの本で、右や左などの方角を、東西南北を使って説明するようになりました。本の影響を受けやすい人間です。
用例を一つ一つ拾い上げること、その言葉の意味するところを見つけ出し、次第に変化していく様を記録し、しかしながら限られたスペースの中に収める、という行為。
『舟を編む』では、どちらかといえば「言葉の意味を説明する言葉を編み出す」ほうに重点を置いていたように感じましたが、『博士と狂人』では、「あらゆる用例を集める」という行為に重きを置いているように感じました。

時はヴィクトリア時代。大英帝国が世界の四分の一を支配し、「英語」という言語によって世界を支配していた時代です。英国の言語統制は、かつて大日本帝国が占領地に行った言語統制よりもよほど協力でした。今でも世界各国に、“British Council”という英国の文化と言語を推進する機関があります。英語教授法の研究の歴史は古く、世界中から、それ学びに英語教員が留学してきます。“Queen's English”という呼び方があり権威主義である一方で、World Enlighsesという概念を打ち立てて、ありとあらゆる英語を保存しようとしています。
なんでもコレクションしよう、世界中のものを集めよう、という気質は、例えばキューガーデン(王立植物園)の大温室や、盗品博物館と揶揄される大英博物館、大英図書館などにも見られます。世界中のものを所有している、この世の全てを知り尽くしている、という自負が、19世紀の大英帝国にはあったのでしょうか。

主人公マーレイ博士は「あらゆる言葉を収録する」派ですが、「厳選した言葉のみを載せるべき」派もいます。
一見して、日常語、古語、新語、全てを掬い上げようとするマーレイ博士がリベラルで、言葉を選ぶ、つまり、限られた人物が言葉に関する権限を持つ、という反対派が権威主義のようにも見えます。が、実際は、両者ともに別の方向性の権威主義ではあるのでしょう。「英語」という言語に、どういった権威を与えたいか、その方向性が違うだけのようにも思います。人々の使う英語を支配したいのか、英語そのものを、つまりは世界を手中に収めたいのか。マーレイ博士の野望は、辞書の売り上げや大学での地位を気にしていた反対派よりも、よっぽど大それたものでした。

最大の皮肉は、この「世界」の土台を築いたのが、スコットランド人の仕立て屋の息子と、アメリカ人の元エリートの犯罪者である、という点です。
イングランド人は、歴史的にスコットランド人を敵視というか、格下に扱っていますし、エリート中のエリートの集まる中でも、最高の頭脳を備えたオックスフォード大学の編集陣が、パブリックスクールにも行っていない庶民を頼る、ということ。
そして大英帝国の偉業が、アメリカ人などに支えられているという屈辱、しかもあいつはオックスフォードではなくイェールだ。彼らにとっては、もはや犯罪者かどうかなど関係ないのではないかな、と思ってしまうほどです。そういうプライド激高のイングランド人、わたしは好きです。
それでも、最終的に女王陛下の権威には従う姿も、とてもイングランドらしくて大好きです。女王陛下万歳。

狂人マイナーに関する感想が少なくて申し訳ない。わたしは彼の情熱のありかが、映画だけでは掴みきれませんでした。
罪の意識に取り憑かれた彼が、なぜあれほど“言葉”というものに執着したのか、原作の小説を読めばわかるのでしょうか。
映画の中には、戦争や暴力、残酷な描写も含まれるので、そういうものが苦手な人は、小説を読むのでもいいかもしれません。

言葉を知ることは空を飛ぶことだ、というようなことを、狂人マイナー博士は言いました。言葉を知っていれば、より多くの世界が見れる、世界を知れる、そして世界を創ることができる。
言葉の存在感を、久しぶりに実感した2時間でした。

ものすごーく余談ですが、わたしが内心大笑いしてしまったのは、辞書の第一部に対して“収録もれ”の指摘があったシーンですが、
「ウィーン大学に指摘されたぞ。あのクソッたれオーストリア人ども」
みたいにオーストリアへのライバル心が露わだったことと、
「フィガロ紙にも批判記事が載ってる」
と、もはやフランス人に対して悪態すらつかない態度ですね。
とても英国的だと思います。
ありがとうございました。




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