「この小冊子は、東京子ども図書館のメンバーが選んだ子どもの本の推薦リストです。」
東京子ども図書館編 『改訂新版 私たちの選んだ子どもの本』(東京子ども図書館、2012)
東京子ども図書館は、江古田駅から歩いて10分ちょっとの、住宅街の中にある私設図書館です。
『クマのプーさん』の翻訳などで知られる石井桃子さんをはじめとした、錚々たるメンバーが行なっていた「子どもの本研究会」が発展して、子ども文庫になり、そして東京子ども図書館になりました。
わたしは以前、ここで行われている「児童文学講座」や「瀬田貞二先生の働き」を学ぶ講座に参加したことがあります。
厳選された良書の並んだ閲覧室、広々としたお話の部屋、閉架にある子どもの本の研究書など、まさに夢の図書館でした。
わたしがこの付近の生まれなら、間違いなく幼児期から通っていたに違いないのですが、そうでなかったのが残念でなりません。
ひとに本を薦めるというのは、難しい行為です。
大人同士、友人同士ですら難しいのですから、大人から子どもに本を薦めるのは、非常に難しい行為になります。
相手の好みを知っていること、どのくらいの読書量に耐えられるのかを知っていること、薦めたい本について詳しいこと、それを魅力的に伝えられること。
ものすごいスキルが要求されます。
自分自身が読書家で、小さい頃から本をたくさん(しかも良書を)読んでいた、という人であれば、たとえ最近の、自分が読んだことがない本でも、パラパラとめくれば薦められるかどうか、なんとなく判断がつくでしょう。
でもそうでない人にとって、「ブックリスト」というのはとても役立つツールです。
そう、ブックリストは、とても便利な道具です。
わたしにしても、この小冊子に出てくる本のすべてを読んだわけではありません。
が、大半の本は本屋や図書館で見たことがあるか、講義で聞いたことのある本です。
収められている本は、概ね「古典」〜「定番」と呼ばれるものばかりです。
何十年という積み重ねの中で、常に子どもたちに受け入れられてきた本、というのは、それだけ信頼に足る本だからです。
自分ではあまり読んでこなかったけれど、子どもに本を与えたい、というときには、この東京子ども図書館の出している小冊子よりも信頼できるもの、というのはそうそうありません。
この冊子は自信を持って、誰にでもお勧めできるブックリストです。
一方で、こういうリストに新刊が載ることはありません。
各出版社が用意しているリストには、新刊ももちろん掲載されていますが、その本が10年後、20年後にも高評価を得ているかどうかは、その時点ではわかりません。
なので、最近出た新しい本を探そうと思ったら、自分の経験をもとに自ら本屋に赴かなければなりません。
本を選ぶ、という行為は、最終的には読者自身が行います。
誰かに強制されては、本は読めません。
自分が選んだ本だからこそ、おもしろくてもつまらなくても、経験として積み重なっていくのです。
そう考えるとき、「児童文学」の難しさを強く感じます。
子どもは、たとえ人権があろうとも、個性があろうとも、まだ成熟していない、発展途上の存在です。
判断力は偏っているし、知識も偏っているし、知っている世界は狭いです。
子どもに躾が必要なように、教育が必要なように、はじめの読書は大人が導いてあげないと、本嫌いになるか、非常に危険な(例えばヘイト本や陰謀論などの刺激的な)ものに手を出して、それに気が付かない可能性もあります。
だから、こうして「信頼に足る」組織が作成したブックリストがあります。
親は、絵本からはじめて、徐々に買い与える本をここから選んでいけば、それほど酷い結果にはならにでしょう。
一方で、子どもの自主性を考えた時に、ある程度は自分で選ばせてあげる、というのも大切です。
本屋にいって、なぜだか目の惹かれる本、という存在と出会うことは、かけがえのない体験です。
その出会いを、大人がブックリストを片手に却下してはいけないのです。
子どもの本は、常に大人の検閲のもとにあります。
「世の中に悪書なし」と言えるのは、十分に読書の経験を積み上げた人にのみ許される言葉であって、経験の乏しい人は気をつけなければならない言葉です。
子どもの本を作るのは大人で、売るのも大人で、買うのもたいていは大人です。
大人を介さずして、子どもの本は子どものもとに届けられることはありません。
どこまでを大人が制限し、どこからが子どもの自由となるのか。
その線引きは、常に点検と検証が必要です。
でも、その線がなくなることは決してありませんし、無くしてはいけないと思うのです。
だからこそ、こういう信頼できる図書館が必要です。
出版社の利益のためでなく、流行を追うためでなく、「子どもにとっての良書はなにか」という問いに常に向き合っている子ども図書館が薦める本は、大人による線ひきがありながらも、できるだけ子どもの視点に寄り添って選ばれたものです。
ぜひ一度、東京子ども図書館に足を運んでみてください。
そこには「わたしもこの図書館で育ちたかった」と思わせるだけの力があります。
子どもの本は、子どもに真摯に向き合う大人がいなければ、子どもに届くことはないのです。