ルーシーインザスカイウィズダイヤモンズ 第四話
「どうだった?」
「よかったよ」
「どうだった?」
「よかったよ」
ルーシーとの生活は質の悪いアニメだった。
どの街もどの場面もどの展開も平坦な、代わり映えのない世界。
しかし、炊事洗濯その一切を任せていたチョイスにとって、
彼女は必要不可欠なものになっていった。
彼は退屈した。
「よかったよ」
なにが? どう?
俺が暗い顔をしていようが明るい顔をしていようがよかった。
よかっただけ。
彼にはGoodではなくNo contestに聞こえていた。
そんなに興味がないのなら見ないでほしいとさえ思った。
だが彼は言えなかった。彼女もまた、大切な数字の一部であったからだ。
いつ頃からだろうか。チョイスはルーシーと寝ることがなくなった。
彼女は彼を求めていたが、彼は彼女に応じなかった。
白い椿がぼとぼととその花びらを落とすように、一日ごとにチョイスの想いは不気味に削げ落ちた。
しかし彼は毎日配信を続けた。むしろうまくいかないことで意固地になっていた。
がむしゃらに続ければ何かいいことがある。おもしろい瞬間が生まれる。
いつかうまくいく。配信中は何もかもを考えることなくテレビゲームに夢中になれる。
ルーシーはそれを眺め続けた。彼の配信にときに笑い、ときに悲しんだ。
チョイスはある時から日雇いの労働をやめた。
彼は一つの物事がうまくいかなくなると、すべてをあきらめてしまいがちであった。
「大丈夫?」ルーシーは尋ねた。
チョイスは何かに言い訳するように、
「なんだか、体が痛いんだ、でも、なんとかなるんじゃないかな」と言った。
彼はルーシーが金銭面の心配をしているのだと思った。
それからさらにチョイスの配信は頻度も時間も増えていった。
一日20時間続けたり、朝、昼、晩と3回配信することもあった。
しかし彼の表情は曇り、無言でコントローラーを握る時間も増加した。
ルーシーは彼が十分に配信ができるよう、彼の不安を取り除こうとアルバイトを始めた。
髪の毛の色をうるさく言われない、近所のパチンコ屋だった。
今の時代、重いものを持つこともなく、清掃やすけべな客のあしらいでもらえる賃金としてはよい方だった。
彼女は休憩中に同僚の誰とも談笑することなく、せまい事務所でスマートフォンにかじりついた。
彼女はチョイスの配信を見続けた。
「お疲れ様」
背が高く、足の長い、赤髪の男がルーシーに話しかけてきた。
「お疲れ様でした」
彼女は作り笑いを浮かべ、男に頭を下げるとトートバッグを肩にかけなおし、事務所を出ようとした。
「ちゃんと働いてくれて助かってます」
思わぬ声かけに男の左側で立ち止まり、顔を見た。
汗も毛穴もない白い顔に赤くうねうねとした髪型がよく似合っていた。
「いつもスマホ見てるけど、動画かな? 人気の人?」
「あ、まぁ、そんな感じです」
「へぇ、教えてよ、俺も見たい」
ずけずけと他人の心に踏み込んできたことに彼女は苛立ったが、人が増えればいいと思い、
彼女は連絡先を交換し、チョイスの配信を伝えた。
「ありがとう、今度見てみるね」
「おもしろいんで見てください、お疲れ様でした」
彼女は少し本気の笑顔で退勤した。
家に帰るとチョイスは布団に横になっていた。眠ってはいなかった。
「ただいま」
「おかえり」
「あのね、バイト先でチョイスの配信見たいって人がいたから紹介した」
「おお、それはすごい、じゃあ配信するわ」
彼は布団から跳ね上がるとパソコンの前に座った。
彼女は着替えてスマートフォンを立ち上げ、彼の声を聞きながら夕餉の準備を進めた。
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