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フランス・季節の仕事~葡萄摘み⑧Final~

葡萄摘みも、2週間目に入ると大分慣れてきた。

自分達の持ち場の列が終わると、まだ終わっていない列に行って葡萄を摘んだ。隣の列に、葡萄の木の下をくぐって移動していた私を見て、従業員の一人が、私のことをシュトロンフェットと呼ぶようになった。なんのことかと思ったらベルギーのアニメ、スマーフ(仏名:シュトロンフ)に出てくる、青い顔した小人の女の子のことだった。

体格の良いそのムッシュは、いつも海パンひとつで仕事をしていた。とても明るくて面白いおじさんで、いつも皆に笑いを提供していた。お笑い芸人の小杉をヨーロピアンにした感じだった。

葡萄の状態が全て良い時、パトロンが

"On prend tout !!(全部採るよ!!)"

と大声で叫ぶと、皆も口々に
"On prend tout !(全部採るって!)"と言い、伝達のようにまわってきた。

私はこの"全部採って良い"というのが、わかりやすいので大好きだった。大張り切りで、よっしゃ!全部だ!とハサミで次々と切った。

チームの雰囲気にも慣れた私は、この葡萄畑や仲間との時間があまりにも素晴らしいので、承諾を得て、カメラを畑まで持参し、"葡萄を摘みながら写真も撮る"という、他の人がしなかったことをやり始めた。

愛用していたNikonにちょっと土が付こうが、お構いなしだった。

初めの頃、写真を仕事中に撮るなんて…と遠慮していた私は、撮っていいとなったら、嬉しくて嬉しくて、どんどん撮りだした。念の為、決してさぼっていた訳ではない。

ここの畑は、ビオディナミだった。

ビオディナミのことは、調べても奥が深くてよくは解らなかった。アルザス発祥の有機農法の一種で、太陽暦に従って農作業を行うことらしい。私が理解したことは、この土壌を作り上げるのは大変だったということ。

自然で作り上げた畑だからか、こんな出会いもあった。

鳥の巣…なんとかという、鳥だったが…忘れてしまった!

立派なクモの巣…。

”miko!”

呼んだのは、初日に「おせーよ!」と私に喝を入れたフランス人だった。

親指にテントウムシの幼虫が。ぶっきらぼうに見えたムッシュだったが、声を掛けて、こうして見せてくれたのが嬉しかった。

自然との共存…そんな言葉が頭をよぎる。


ある日、従業員の一人が誕生日ということで、マダムが特大ケーキを作ってくれた。チョコレートスポンジとチェリーがたっぷりの、フォレノワールだった。こんなケーキをさらりと作る、マダムがとても素敵だ。

皆でHappy Birthdayの歌を歌い、乾杯。大きなテーブルを囲み、楽しいひと時…。

食後は、皆で協力して皿洗い。

フランスの家庭は、シンクが2つ横並びになっているところが多かった。一つには綺麗なお湯を溜め、もう一つは洗剤を入れたお湯を溜め、そこで皿を洗ったら、隣の綺麗なお湯にくぐらせる…という流れだった。流しっぱなしの水道では洗わない。

エコだそうだ。

それをトーション(布巾)で拭き上げた。皆でワイワイおしゃべりをしながら片付けるのも、何だか楽しかった。

こうして、キラキラと輝いた日々は過ぎていき、あっという間に終わりを迎えた。最後は公認のカメラマン気分で、一枚一枚、思い出を刻むように写真を撮った。仕事後の一杯。皆で頂いたビール…。

終わりは、どことなく寂し気だ。

最終日、従業員の一人が、クローバーの花で王冠を作り、私に被せてくれた。

「カミオネ―――ット!(トラックに乗って)」


パトロンの号令で、トラックに乗り込んだ。

畑から戻ると、全員で集まり、記念写真。皆、清々しい良い表情をしていた。

夜は、盛大にお祝いをした。近くの村までブーケを買いに行き、パトロンとマダム達にお礼をしようとなった。野原で摘んだ花や、綺麗な葉っぱを皆で集め、ガレージをデコレーション。テーブルをこれでもかと繋げて、マダムの美味しい手作り料理とワインを囲み、楽しいひと時を過ごした。

他のメンバーは、きっと来年も、再来年も、この畑に戻って来るのだろう。私は…これが最初で最後かもしれない。そんな気持ちで、この時を最大限楽しむつもりで、夜通し続いた宴を楽しんだ。

明け方、ようやく部屋に戻り、少し仮眠をとってから朝食を食べに行こうとすると、こんなものが足元に。訳も解らず進むと、スプーンやフォークが、まるでヘンゼルとグレーテルが辿った石のように、並んでいた。

朝食を決めてくれということらしい。若いメンズ達の粋な計らいだった。朝5:30まで掛かったらしい。

ハチャメチャになったガレージ…長テーブルの上に長テーブルが置いてあったり、箒が絡まっていたり…食器からお茶、ヌテラ…朝食グッズがあちらこちらに隠されていたのだ。思わず笑いながら、一つ一つ集めた。


朝食を済ませると、次々に車に乗り込む仲間たち。

次々と去っていく仲間たちに笑顔で手を振り、見送ったのだった。


静かな畑に残った私。

この週末は、こちらで泊めてもらい、この後リヨンに帰る。過ぎてしまうと、もう遠い夢のような日々だった。

いつかまたきっと、会えると信じて…。

​             アルザス・葡萄摘み/完

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