スプラトゥーンをやっていると、人生には「クリボー」が必要なのだと痛感する
ちょっと最近お仕事が忙しすぎてお疲れ気味のしょこらにございます。
ゴリゴリにやっている方は「うんうん」と頷いてくれると信じていますが、実はスプラトゥーン3は「体調が悪いと起動が遠のくゲーム」筆頭です。
それは単純に凄く集中力を必要とするゲームだからであり、集中力を欠いていると単純に勝てないからです。勝てないとヤになるもんね。
ただ、人生体調の良いときだけではないものです。山あり谷あり、むしろ谷の日の方が多かったりするものではないでしょうか。
そんな中でスプラトゥーン3を一年間続けてきた結果、私には若干の奇行グセがついてしまいました。
最初は何気なく続けてきた奇行ですが、あまりにも強くインストールされたので何故だろうと考えてみると、結構根深い問題だと分かりました。
そう。私たちの人生には、絶対に「クリボー」が必要だったのです。
しょこらの奇行
大変申し訳御座いません。私はウソをつきました。
「この一年間スプラトゥーン3ばかりをやってきた」と言ったものの、実はもうひとつやってきたことがあります。白状致します。
『原神』です。
原神はスマホでも出来るアクションRPGゲームでして、2020年のリリース以来、世界で毎月5,000万人のアクティブプレイヤーがいるゲームです。このゲーム一本がスクエニやカプコン全社を上回る利益を叩き出していると言われています。
この原神をスプラトゥーン3の「後に」必ず起動するクセが御座います。一年間スプラトゥーン3をやった日には必ず原神をやってきたのです。
その理由はたったひとつ。「優しいから」です。
スプラトゥーン3は自分の全てを賭けても勝てない日もあり、正直普通の精神では続けられません。負けるとかなり落ち込みます。
その中で、何も考えずに敵の中に突っ込んで、何も考えずにボタンを連打していれば勝たせてもらえるゲームというのは率直に「癒し」でした。
でね、この「簡単に面白い」ってすごく大切なことだと気付いたのです。
クリボーがくれるもの
マリオにはクリボーがいます。彼らの存在意義について考えたことはありますか?私はありませんでした。
ただ、少し考えただけで、クリボーは私たちに凄まじい体験を与えてくれていることに気付きました。パッと思いつくだけでも以下の通り。
これらの効果が「ジャンプ」という簡単な操作だけで得られます。たぶん「無限クリボー」とか売れば売れるのではないでしょうか。
一家に一台、それどころか誰もが一匹、クリボーを愛でて育てるべきなのです。それぐらいに自分を認められることは大切でした。
翻って、初回のnoteにも書いたように、スプラトゥーン3はかなり「厳しい」ゲームです。
つまりオンラインにいる限り常に「クッパ戦」であり、限界ギリギリを試され続けるので、自己肯定感がボロボロになりやすいのだろうなと感じます。
このシステムには良い面と悪い面があり、良い面は成長が早い点です。限界ギリギリの勝負を続けるほど成長を加速させることはないですからね。
一方で、悪い面は普通はその状態が続かない点です。少しでもやる気が下がるとだいたいの場合は離れていってしまいます。
そこで必要になるのがクリボーです。
自分を肯定してくれて、簡単に続けられ、かつ、ある程度面白い。そんなクリボーを見つけて自分を支えることが成長のオトモに必要だったのです。
その点、新ダウンロードコンテンツ『Side Order』の「繰り返し遊べる」というコンセプトは「まさにクリボー」でシンプルに楽しみです。
正直、このシステムがリリースの最初からあったら、もうちょっと人が残りやすかったのではないかなぁとも思っています。
すぐには変われない世の中だから
一方で、世の中クリボーだけあれば十分かというとそんなこともなくて、やはりクッパ戦があってこそクリボーは輝くものなのです。
人が成長から得られる喜びは大きく、RPGはこの成長の快感を爆速で体験できることが、ジャンルとしての人気の理由のひとつだと思っています。
会社でもよく「ホワイトなのに退職者の多い謎」が叫ばれますが、これも「クリボー・クッパ理論」で説明がついて、クリボー戦ばかりでクッパ戦が足りていないのです。それぐらい成長は喜びの源泉です。
そして、このクリボーとクッパ戦のちょうど良い割合は、向き合っているものの面白さ次第なのだと思います。向き合う対象を面白く感じるならば、クッパ戦ばかりで大丈夫なのです。
その意味でスプラトゥーン3は「スプラを面白いと思う人」向けのゲームなのでクッパ戦しか設計されていないのだと感じています。
ただ、それは人生と同じで「生き残ったヤツが強い」であり「基本ハードモード」な考え方です。より長く、より多くの人を巻き込もうと思ったら、やはりクリボーは一定割合必要なのではないでしょうか。
「強い人しか生き残れない環境は、必ず衰退する」という意味の「全てのジャンルはマニアが潰す」は本当に名言です。
そうは言っても、スプラトゥーンでも現実でも、環境は与えられるもので、与えられた環境は厳しいもので、私たちは直ぐに変わることも出来ません。徐々に自ら適応するしかないのです。
その長きに渡る適応の過程を支えてくれる「わたしのクリボー」は、人生において絶対に必要な存在だなぁとしみじみ感じています。
いつもありがとう、クリボー。
皆さんも「わたしのクリボー」持っていますか。
ではでは。