「獣の国」第1幕 第30場(脱出)
脱出
■ 突然、イツァークの後方から響くドルジの声。
(ドルジ)イツァーク! 伏せろっ!
■ ドルジの声に反応し身を伏せるイツァーク。
■ ドルジが短機関銃の引鉄を絞る。
■ 獣たちの体を引き裂く無数の銃弾。
■ 更に後方からアロの声が響く。
(アロ)目を閉じろ! 耳を塞げ!
■ 両手で耳を押さえ、獣に背を向けて蹲るイツァーク。
■ アロが閃光手榴弾と催涙手榴弾を獣の群れに向かって投げる。
■ 閃光と轟音。
■ ドルジがイツァークの腕を掴む。
(ドルジ)お前っ 初日から働き過ぎだっ!
(ドルジ)レベッカのところに今ライラが向かってる
(ドルジ)俺らもさっさと合流するぞ
■ 頷くイツァーク。
■ ドルジを先頭に、イツァーク、アロの3人が走り出す。
■ 鉄格子が嵌った小部屋が並ぶ通路の端に女を座らせるレベッカ。
■ レベッカはポケットを探り、白いハンカチーフを取り出す。
■ 縁の真ん中を噛み、両手の指で角を摘んで、レベッカはハンカチーフを勢い良く二つに裂く。
■ 酷く傷んだ女の足先に、裂いたハンカチーフを巻きながら、女に話し掛けるレベッカ。
(レベッカ)応急処置できそうなもの何も持ってなくて…… ごめんなさい
■ 憔悴した顔に小さな笑みを浮かべ答える女。
(女)…… いいえ…… ありがとうございます……
■ 女の足の処置を終えたレベッカ、立ち上がって周囲を見回す。
■ 扉が開いた小部屋がある。
■ 小部屋の中には獣の死骸が転がっている。
■ 小部屋の外の通路にも、幾つか獣の死骸がある。
■ 堪えきれず、レベッカの大きな目から涙が零れる。
(レベッカ)(これを…… )
(レベッカ)(あんなに……ボロボロになりながら…… たった…… たった一人で……)
■ 微かな靴音とともに近づいてくる人影。
■ レベッカは不器用な手つきで涙を拭いながら、音の方向に顔を向ける。
■ 近づいてくる見事なプロポーションのシルエット。
■ ライラが呼び掛けながらレベッカに駆け寄る。
(ライラ)レベッカ!
■ 悲しげな表情でライラを見るレベッカ。
(レベッカ)ライラさん……
■ ライラがレベッカを抱き締める。
(ライラ)…… 無事で良かった
■ ライラは女に目を移し、女の側に膝を突く。
■ 女の傷だらけの手に自分の手を重ねるライラ。
(ライラ)ご主人と娘さんは大丈夫よ
■ 目を見開く女。
■ 女は両手で顔を覆う。
■ ライラは腰のポーチから銀色の小箱を取り出す。
■ 小箱を開くと中にアンプルと注射器が入っている。
(ライラ)抗生剤よ 打っておいた方がいいわ
■ レベッカの方に顔を向けるライラ。
(ライラ)レベッカ あなたもね
■ 全ての感情を無くしてしまったかのような表情で、レベッカは処置を続けるライラの姿をぼうっと見ている。
■ その時、何かの音に気付いたレベッカ、ふと顔を上げる。
■ レベッカは、自分が通ってきた暗く細い通路の先を見つめる。
■ 硬質な靴音とともに、人のものと思われるシルエットがこちらに向かってくる。
■ 先頭に短機関銃を持ったドルジの姿。
■ その後ろには、イツァーク、アロの姿も見える。
■ レベッカの顔が一気に生気を取り戻す。
(レベッカ)‼︎
■ 安堵感から涙を浮かべるレベッカ。
(レベッカ)イツァークさん……
■ 短機関銃を下ろし、素早く周囲を確認するドルジ。
■ レベッカの肩をポンと叩き、ドルジはライラの方に足を向ける。
■ レベッカの全身が血と泥で汚れているのを見て、珍しく眉を顰めているアロ。
(アロ)獣から直接受けた傷はあるか?
■ 目元を拭いながら明るく答えるレベッカ。
(レベッカ)大丈夫です
■ レベッカはイツァークに視線を向ける。
■ しかし一歩が踏み出せないレベッカ。
■ その場に立ち竦み、イツァークに渡された拳銃を両手で持ったまま、レベッカは涙の滲んだ大きな目でイツァークを見つめている。
■ レベッカに歩み寄り、言葉を掛けるイツァーク。
(イツァーク)…… 血塗れだな
■ ぶっきらぼうなイツァークのその物言いに、泣き笑いのレベッカ。
(レベッカ)それはお互い様ですよ
■ 無事を確かめるかのように、ライラの側に座っている女に顔を向けるイツァーク。
■ 女はゆっくり立ち上がり、イツァークに深く頭を下げる。
■ 短機関銃を再び構え、話し出すドルジ。
(ドルジ)長居しねぇでさっさと出るぞ
(ドルジ)イツァーク 案内いいか?
■ 頷くイツァーク。
■ 先頭にイツァークとドルジ、その後をレベッカとライラが続き、最後尾のアロは女を抱きかかえ、出口を目指し歩く。
■ 斜め前のイツァークを見つめながら歩くレベッカ。
■ レベッカの視線に気付いたかのようにイツァークが振り返る。
(イツァーク)…… 何だ?
■ 微笑みながら答えるレベッカ。
(レベッカ)…… いいえっ