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ゲルハルト・リヒター展
「ゲルハルト・リヒター展」
なかなかおもしろかった。
情報は反復・模倣を繰り返すうちに劣化し、そこにこめられた感情は欠落していく。
とくによかったのは、今回の目玉である「ビルケナウ」。
アウシュビッツの隠し撮り写真を、リヒターが抽象画にしている。その向かい側の壁にその抽象画をプリントしたものが展示してある。それぞれの作品が展示してある横の壁は全面鏡になっている。つまり、0、現実のアウシュビッツ、1、隠し撮り写真、2、抽象画、3、抽象画のプリント、4、鏡にうつるそれらの作品、という4段階の反復・模倣が行われている。さらにつけくわえるならば、5、小生が撮った写真、6、その写真をSNSでシェア、7、その写真をリツイート、と無限に反復・模倣が展開していく。その過程で、アウシュビッツという現実はただのスナップ、情報、ツイートになり、戦争の悲劇という現実は、タイムラインを流れ去って人々の記憶から消え去っていく。
そのすべてをひとつのフロアで表現するというのがすごいと感じた。
常設展の岸田劉生の絵画などを眺めていると、絵画は本当に現実の劣化版の模写なのか、という点については、疑問を感じる。そこには土着の力強さがにじみ出ているし、水墨画には現実にはない深い味わいがある。
リヒターはアート全体を現実の劣化版の模写でしかない、と訴えているわけではなく、現代がそういう時代だといっているのだろう。
気合をいれていった割には作品数が少なかった印象だが、「ビルケナウ」を会場で観ることができたのはよかった。モダンアートはとんちで、その場で確認しなければわからないこともある。確認、という表現がまた、アートへの向きあいかたとしてはいかがなものかとも思うが、モダンアートはビジネスだし、そこにおもしろさがあるのだと小生は思う。
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