『塔』2022年10月号(1)
①性愛とは眠る時間を削ることオリオンをなつぞらに昇らせ 朝井さとる 理屈の勝った、不粋な上句と、不思議な下句の取り合わせ。冬の星座のオリオンが夏空に昇ってくる。それほど長い時間の経過を実感したということだろうか?ここは理屈抜きで、夏の夜空のオリオンを思う方がいい。
②優に五尺はあろうかという土佐金が夢に出てくる団扇片手に 芦田美香 五尺=150㎝ぐらい。そんな土佐金、怖い。でも団扇を持ってたら急に歌川国芳の浮世絵風。おとぼけでユーモラスな雰囲気だ。何が言いたくて主体の夢に出て来たのやら。
③体調はもう悪いのがデフォルトであたまいたいと言いつつ働く 荒井直子 そうなんですよね。しんどい、辛いと言いながら日々働いていても、本当に病気になって寝込んだら、いつもの体調悪いのが自分の健康な時の状態なんだと気付く。それ以上は良くならない、それに戻るしかないのだ。
④真中朋久「今月の歌」
カンファレンスとconferenceは同じものオタマジャクシと御玉杓子も 川本千栄 〈同じなのにニュアンスが異なることの面白さ。あるいは不必要な言い換えに苛立つ場面だろうか。〉私の歌から一首引いていただきました。ありがとうございます!
まあ何と道理に叶った名であらう御玉杓子でおたまじやくしとは 秦知央 同号に同じ気づきを詠った歌がありびっくり!テレパシーが通じていたのでしょうか?
⑤魚谷真梨子「子育ての窓」〈もうお手上げ、という時もある。そういうとき、たまに「ぬいぐるみ作戦」をする。子どもが好きなぬいぐるみを持ってきて、アテレコするのだ。〉ついこの間、石川美南の歌でも同様のことを詠っていた。ぬいぐるみやお人形のアテレコ問題。
絶対、大人が話していると分かっているはずなのになあ。それでもぬいぐるみやお人形と真剣に会話する幼児。アテレコしている大人は見もせず、ぬいぐるみと視線を合わせてしゃべるのだ。
⑥雨の夜の、それもはつなつ 脳髄がひどくあなたを欲しがっている 近藤由宇 「、」と「それも」に時間を引き延ばす効果がある。音楽で言えばタメだ。決めは、心や身体ではなく、「脳髄が」という硬い言葉。この衝動も全て脳のなせるわざ。とても雰囲気のある一連の最後の一首。
⑦つかまれるところがたくさんあったから地下鉄、からだを連れて行くね 椛沢知世 つかまれるところがたくさんある、というのは、つかんでいないと不安定だという前提があるからだろう。自分が行く、のではなく、からだを連れて行く。自分という認識と、身体が分離しているようだ。
⑧水鳥の飛び立つときの助走距離君には君の僕には僕の 川森基次 水鳥のことを言っているようで、君と僕の何かに対する心の向け方の違いを言っている。上句が序詞のようで喩。それを受けた下句。とても上手いと思う。テレビでしか見たことが無いが、水鳥の助走の動きが頭に再生される。
⑨あきらめた訳じゃないけど俯瞰して我が教室の荒れを眺める/いつどこで何を言ったか何したか記録をせよと証拠になると/こんなにも追いつめられて教室に向かう日が来るなんて笑笑 龍田裕子 荒れてどうにも制御できない教室。追いつめられる教師。笑笑、が辛い。身につまされる連作。
私も二首目のようなことを言われたし、言いもした。実行もしていた。しかしそれが時間を食うのだ。他にすべきことが山積みになった机で、夜遅くまで記録をする毎日。そうなる可能性は常にある。
⑩さまざまの鳥舞ひ降りぬ一点の光と見えむ水の器に 髙野岬 髙野の鳥の歌は、鳥の視線で物を見ているようなところがある。上句は人の視線、そして、鳥にはそう見えるだろうと言いながら、下句で主体の視線が空に大きく移動し、鳥の視線になる。そしてその視線の中にあるきらめく水。
⑪だったね。と話せる日までこのメールはスマホの中にずっと置いとく 落合優子 初句の話言葉が短くても濃い内容を伝えて来る。何らかの齟齬があったのだろう。笑って、あるいは冷静に話せる日まで、このメールは取っておく。デジタルなメールの質感。スマホが小さな箱のようだ。
⑫私には私の悩みがあることを言っても分からないだろうなあなたは 川上まなみ なぜだろう。「あなた」は自分の気持ちしか感じられない人なのか。共感が出来ず、人の感情の揺れを見ているだけの人。主体は関わった末に、諦めてしまったのだろうか。結句の字余り四音にダメ押し感。
⑬千葉優作「誌面時評」〈読者と作者の間には常に断絶があり、読者が作者に成り代わってその思いを感知することはできない。(…)優れた歌を読むとき、私はどうしようもなく孤独である。〉分からないけど分かりたくて読む。分かってもらえないけど分かってもらいたくて詠む。沁みる文。
2022.11.22.~24.Twitterより編集再掲