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【写真】彼岸のあなた、此岸のわたし

初めてじゃがいもの天ぷらを手作りした。

父と母がいる実家で暮らしていた頃、お盆の時期になると母は必ず晩ごはんに天ぷらを揚げてくれたものだ。ラインナップはさつまいもやかぼちゃ、ナス、それにじゃがいもなどなど。野菜がたくさん。

当時の自分は今よりはるかに偏食家だったので、いも系の天ぷらしか手をつけなかった。それをわかっている母は、汗だくになりながら「じゃがいもの天ぷらもっと食べる?」と言う。私が頷けば、母はすぐに追加の天ぷらを揚げてくれたのだった。

天ぷらで一番好きな具材はじゃがいも。しかし、どうやら世間的にはスタンダードな具材じゃないらしい。そう気づいたのは実家を出た後だった。



一人暮らしを始めて自炊もするようになったけれど、いつまで経っても揚げ物のハードルは高い。一人分を作るコストの面もあるが、何より油の処理がめんどうすぎる。率直に言ってやりたくない。

だから天ぷらを食べたいときはスーパーのお総菜コーナーで買うか、外食をするかの二択になった。てんやで天丼を食べるでも良いし、丸亀製麺で一番安いうどんに天ぷらを山盛り添えるでも良い。丸亀のかしわ天おいしすぎるし。だがいつもそれで満足はしきれなかった。だってどこに行ってもじゃがいもの天ぷらだけは絶対に存在しないのだ。

揚げたじゃがいもがおいしいなんて自明の理なんだから、みんな作ればいいのに。

母にとって「じゃがいもの天ぷら」は気に留めるほどでもないふつうの存在だったのだろうか。私が生まれ育ち、今も暮らしている東の地域では一般的じゃないだけで、母のルーツがある西に行けばありふれた天ぷらなのだろうか。何もわからない。母がこの世にいない今、聞く術もない。



この夏、思い立って初めて天ぷらを作ることにした。

さつまいも、かぼちゃ、ナス、そしてじゃがいも。スーパーで好きな野菜をかごに放り込む。ナスをおいしいと感じるようになったのはここ数年の話だ。母が聞いたらおとなになったねぇと笑ったかもしれない。

天ぷら粉も買わねばと粉もの系の棚を見たら、「焼き天ぷらの素」なるものを見つけた。なんと鍋の底まんべんなく浸る程度の油で天ぷらが作れるという。まるで今日の私のために開発された商品と言っても過言ではないな。そう大げさに思いながらそれをかごに入れた。

天ぷら粉と水を混ぜたら、油を温める。野菜を切り、衣をまとわせ、油に投入する。汗だくになりながらその作業をくり返す。気づいたら作りすぎていた。しかしテレビを見ながら完食した。久々に食べたじゃがいもの天ぷらは、ほくほくでとってもおいしかった。

私にとっての母の味は、じゃがいもの天ぷらだったのかもしれない。そう思い至ったとき、少しだけ涙が出た。あの夜、たぶん母は私のそばに還ってきていた。根拠なんて一切ないけれど、自分がそう感じたのならそれで良い。悼む、偲ぶとはそういうことだ。

たとえ此岸と彼岸に分かたれた日からどれだけの年数が経とうと、積み重ねたはずの思い出がいつのまにか消えていこうと、頑なに残りつづける祈り。どうかそちらでは、わずかでも安らかに過ごせていますように。此岸では二度と会うことの叶わなかった人たちと、そちらで再会できていますように。



少し涼しさすら感じる朝の風。胃もたれを感じながら暁雲を仰ぎ見て、かすかな秋の気配に触れる。しかし昼前にもなればまだまだ暑いなぁと思い直す。朝感じた涼しさは、最高気温40度近くを叩き出す炎暑が見せた錯覚に過ぎない。その証拠に、夜は視界を真っ白に染めるほどの稲光があちらこちらに駆け巡り、傘が意味をなさぬような猛雨がのたうち回っていた。

駅舎で雨宿りをするサラリーマンたちを横目に外へ走り出す。広がる水たまりは避ける余白すら残してはくれず、私はばちゃんと飛び込む。それはスニーカーを犠牲にして帰宅にかかる時間を短縮させる儀式だ。

お盆休みもなく週五日働いてはたまった家事に勤しむ土日を過ごす、そんな夏だった。でもスイカは食べたし、打ち上げ花火も見た。まぁテレビ中継で、だけど。今年できた夏らしいことと言えばそのぐらいか。いや、十分か。

びしょ濡れのままドラッグストアでさつまいもフレーバーのアイスを買う。新発売の期間限定商品、れっきとした秋物。九月はいかにも秋といった装いでやって来るけれど、実のところまだまだ半袖は手放せないんだろう。そんなことをぼんやり考えながら、私はここ此岸で、夏の次に来たる秋を生きようとしている。









































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月報

六月に応募したとあるコンテストの結果はふるわなかった。しかしどこか安心のようなものを感じている自分がいると気づいて愕然とする。現状に安住したいきもちはどうしても持ってしまうものだけど、それはすなわち衰退を受け入れることでもある、と私は知っているはずだ。

次に進むのは怖いから進む理由ができなくてよかったと思ってはいないか?自分はダメだ、自分のやること作るものはダメなんだ、そういう自認がまずあって、その証拠固めをしようとしてはいないか?焦るだけじゃ意味はないけれど、こんなんじゃいけないよ。

人生イヤイヤ期。でもがんばる。


今月のプレイリスト

サマータイムシンデレラ / 緑黄色社会

マジックアワー / 緑黄色社会

DAYBREAK FRONTLINE / IA(Orangestar)



  

 

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