世界が美しいから私はまだ死なずにいる
◇
そこにあったのは、「何もない」ということだった。
目を閉じて耳を澄ますと、風が草木を揺らす音が鼓膜に触れ、遠くからは波の音がかすかに届く。目を開ければ眼前にはまっすぐに伸びる一本道。青い空は果てがなく、大きな鳥が翼をはためかせて視界を横切る。澄み渡った少し冷たい空気をめいっぱい吸い込む。命が色を取り戻す。
一本道をゆっくり歩く。両脇には少しの田園とススキ畑。黄色い花がときどき咲いている。たまに枯れ色のカマキリが闊歩しているのを見つけて慌てて避けた。風が吹く。一瞬だけキツネと思われる何かが走っていくのを見たが、その姿はススキたちの中に紛れて消えた。振り返ると、遠くでサギが地面を突っつきながら歩いていた。
静寂に満ちる離島の風景。
世界が美しいから、私はまだ死なずにいる。
またひとつ歳を取った。二十代ラストイヤーの抱負は?と尋ねられても何も思い浮かばないけれど、今年できなかったことをやりたいなとは思う。かつて命を絶とうとしたこの部屋で、今日も私は朝日を浴びている。十年前に消し飛んでいたかもしれないこの命。そういえばそうか、死のうとしたあの日からもう十年も経ったのか。
未来は血の味がした。死しか望むもののなかった日々の中では、写真はおろか生活すらままならなかった。そう考えたら表現とは、生きることにほんの少しでもすがりつくような思いがなければできないものなのかもしれない。一方で、生きることに対して疑問を抱かずに済んでいるのならば、表現など必要ないだろう。そんな不確かなものに寄りかからずとも、まっとうに生きていく方法はいくらでもある。
ずっと夜の中を歩いていた。暗くて何も見えなくて、だから気づいていなかった。世界の広さも、どこでも行ける自由を手にしていることも。死にきれず、しばらく何もない日々を送った後、命以外を捨て去った。ずっと触っていなかったカメラが私を外の世界に連れ出す。そのときから少しずつ夜が明け始めた。
写真は一本の蜘蛛の糸のようなか細い光。その糸をたぐって、より合わせて、ときどき千切れたりもつれたりを繰り返しながら、光の絵を紡ぐ。世界の広さを実感として知りながら、同時に自分が見た世界の美しさを記録していく。
カメラは私に夜明けをもたらし、今も光を与え続けてくれる救済者。この先に何があるのかはわからない。もしかしたら何もないかもしれない。相変わらず未来は血の味がするけれど、それでも私はこの救済者と手を繋いでいたい。そうでなければ生きていける気がしない。
きらきらと輝く海に心を沈めて、じゃぶじゃぶと洗う。澱みは海中深くに落ちていって、底にいる生き物たちの餌になる。煌めきを吸い上げた心を優しく絞って、風の中に干す。乾くのを待つ間、ただ座ってじっと海を見つめる。
そしてその輝きを写真に撮る。この光景が、この行為が、私の命そのものになっていく。その命の使い方を考える。生きる意味を手放しでは与えてくれない世界、しかしどこまでも美しくある世界。何もない風景にすら、私には意味があった。だとすればいまだ完全な夜明けを迎えられぬ私の道も、いつか意味を得られるだろうか。
*
折本配布のお知らせ
冬の朝のキリッとした空気が実は好き。一方でおこたとおふとんはぬくぬくしていて最高。急に寒くなったと思ったら次の日は気温が上がるみたいな今日この頃。みんな体調は大丈夫?あったかくして過ごしてくださいね。
さて、ただいまコンビニのマルチコピー機の「ネットワークプリント」を使い、上記の文章と写真から抜粋して作った折本を配布しております。カバンの中や手帳のあいだに潜ませて、心を鎮めたいときや一息入れたいときなどにパッと開いてみてはいかがでしょうか。
折本とは?
一枚の紙をカンタンに折りたたんで作る本のこと。A4サイズの紙の片面だけに全ページを印刷し、皆さんの手でちょっと切り折りしていただくだけで小さな冊子が完成します。
ネットワークプリントの利用方法
お近くのコンビニにあるマルチコピー機をご利用ください。A4サイズのカラー片面印刷で1枚60円(こちらは印刷代で、私の収益にはなりません)。フチ・余白・ちょっと小さめ設定は「なし」推奨です。
配布期限が一週間程度となっているので、ご希望の方はお早めに!
◇セブンイレブン
予約番号:25204969
(2023/12/04 23:59まで)
利用法はこちら↓
◇ローソン・ファミリーマート
ユーザー番号:HLWB99BJW5
(2023/12/05 17時頃まで)
利用法はこちら↓
折り方
一か所だけカッターで切れ込みをいれる必要アリです。
*
月報
誕生日から二泊三日で宮城にひとり旅をしに行った。一日目はうみの杜水族館、二日目は塩釜市にある離島群・浦戸諸島のひとつ寒沢島(さぶさわじま)へ、そして三日目は3.11東日本大震災の際に津波に襲われた地を見に行った。このnoteはほぼ二日目の寒沢島で撮った写真で構成している。
電車の中にお金絡みの本や転職サイトの広告が全然なくてそれが無性に嬉しかった。そういうものから離れたくてここに来たから。津波が来た場所には本当に何もなかった。大きな被害を受けた荒浜小学校は「震災遺構」として、当時の姿ほぼそのままで一般公開されている。この小学校を見た後、歩いて海まで行った。そのあいだの道には緑や花が芽吹いていたし、大きな防波堤の先にある海はきらきらとしていてとても綺麗だった。このときに得た感覚をどう言葉にしたらいいのか、いまだにわからない。
仙台駅は外部の人間の需要をわかりすぎている。新幹線の改札を出るとすぐに牛タンのお店しか並んでいないエリアがあったり、ずんだ専門店が軒を連ねていたりする。牛タンもずんだミニパフェもB級グルメ・麻婆やきそばも全部おいしくて最高。ずんだシェイクの店先で出張に来たであろうサラリーマンのおじさんが、「えっ!?ずんだシェイク飲んでいかないの!?飲んでいこうよ!!」と一緒に来た部下らしき人たちにウキウキで主張していてかわいかった。
ただとにかく歩き回る私の旅は、一泊二日が限界かもしれない。三日目があまりにも疲れ果てていたのだ。純粋に体力がほしい。サンタさんにお願いしようかな(運動しろ)。
今月のプレイリスト
宮本浩次 / 冬の花
いきものがかり / ときめき
打首獄門同好会 / 布団の中から出たくない
良いんですか?ではありがたく頂戴いたします。