六/レージフリーク
「自分で渡せばいいじゃないか」
拓也は無理やり握らされたバングルを恨めしそうに睨み、人影のないギャラリーの中庭で不服そうに呟いた。
「だから、連絡先訊いてねえの。これからミラノに行かなきゃなんないし、一ヶ月は帰れそうにねぇ」
響はキャップを被った軽装だった。無駄を省いた慣れた出で立ちも彼の体形には十分すぎるほどの装飾だ。深く下げたつばの隙間から友の顔を覗き込む何気ないしぐさに、拓也の目は不自然に泳いだ。
「それ大事な物っぽいし、早く返してやんないとな。おまえ、会うだろ」
拓也はバングルの革に空押しされた名前を見つめた。その横にはシリアルナンバーが刻印されている。ナンバーワン。それが、麗次の番号だった。
「その為にわざわざ持って来たのか。そういうとこ、律儀っていうか……」
複雑な気持ちに動かされ、眉尻を下げた。
「ていうか、なんだよ」
言葉を呑む親友の身体を、響は不満げに軽くどやした。
「いや、優しいな、なんてね。本当に大事な物だったら麗次の方から連絡してくるだろ。それを利用するっていう考えは、おまえにはないの?」
響は口端を上げ、一度笑い声を漏らした。そして、すぐに目を細めると、得意満面に返した。
「麗次には姑息な手を使わねえと決めた。あいつ、おれが嫌いなタイプだと二度も言いやがった。あのとんでもねえ小悪魔に、おれが本気だと分からせてやる」
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