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[小説] リサコのために|058|十二、進化 (2)
▼第一話はこちら
“MIHO” との会合を終え、インターネットカフェから帰宅すると、ドアの隙間に手紙が挟まっていた。
良介はそれを取ると、中を見ずにポケットに入れた。
まるでそれがそこにあることを事前に知っていたかのような動作だった。
「誰からなの? 見なくていいの?」
今どきドアに手紙を挟むなんてよっぽど重要な用事なのだろうとリサコは思い言った。
「うん、先崎だ。俺が朝から電話に出ないでメールにも返信してないから様子を見に来たんだ。これから連絡するから大丈夫」
そう言いながら良介は二ッと笑った。
…そうだった、この人はこの世界で起きていることを同時にいくつも把握できるのだった。リサコのような一部の介入不可能な領域以外は…。
大人になった良介を見ているとそれを忘れそうになるが、双子のおじさんのところで良介が少年の姿に戻ったのを見て、この子がAIである…という感覚を嫌というほど思い出した。
「何? どうしたの?」
リサコにじっと見つめられていることに気が付いた良介が、玄関先で足を止め言った。
リサコのことは彼には解らないのだ。読み取れない…そんな感じかな。そのことにリサコは心底ほっとするのであった。
「あ、いや…。良介はもう金髪にはしないの?」
リサコの返答が意外だったのか、良介は「え?」と言って前髪を触った。
「おじさんたちのところで昔の良介になってたから、何か…懐かしいなって思って…」
何を言っているんだ私…と思い、言ってからリサコは一人で照れてしまった。
子供のころの良介の容姿が自分は好きだったのかもと思った。それはアイスリーから引き継いだ感情だった。
「もしかして、リサコ、金髪が好きなの?」
そう良介が言うと、彼の髪の毛がぶわっと持ち上がりあっと言う間にもっさり金髪になった。
「これでどう?」
金髪になると、ものすごく良介という感じになった。
「い、いいと思う」
「見た目も16くらいにした方がいい?」
良介の顔がどんどん近づいてきた。
もっさりした前髪の向こうに彼の目が見えた。
リサコは慌てた。
いや、いまさら何を慌てることがあるのか…と思ったが慌ててしまった。
「いや…それはいい。今の年齢でお願い!」
良介はあははと笑うと家に入って行った。
心臓がドキドキしてしまったことを必死で隠しながらリサコも後に続いた。
…まったく…アイスリー…どんだけ良介のことが好きなのよ。
リサコはわかっていた。アイスリーの感情は自分が切り離した自分自身の感情なのだと。
「先崎からメールがいっぱい来てるからちょっと処理していい?」
家に入ると良介が電話を取り出しながら言った。
電話は勝手に動き出し、すぐに先崎さんが出たようだった。
机の上に電話を置いたまま、良介は声を出さずに先崎さんと会話をしている様子だった。
彼が警察を辞める直前に捜査していた事件は、北山安吾郎殺害事件だ。父親のパシリみたいだったあの男。
北山が父親の死にも関係していると疑っていることをリサコは知っていた。
病院での良介とアイスリーの会話は今は自分の記憶として入っていた。
…もう秘密にしなくていいんだよ、良介。
良介が先崎さんとの電話を終えたタイミングでリサコはそれを伝えた。
良介はそれを聞いて、「あ、そうか!」と言った。彼もリサコとアイスリーが合体したことに馴染めていないのだ。
「じゃあ、先崎と三上さんに家に来てもらってもいいかな。回線使うの面倒で」
リサコは了承した。
アイスリーが受けていた酷い検査を彼女は覚えていた。
八木澤のあのおぞましい機械がどうなるのか、リサコは知りたかった。
先崎さんと三上さんは午後にやって来た。
二人は良介の金髪に驚いていたが、それどころではない様子だった。
八木澤は研究費用の横領が発覚し逮捕される運びとなっているとのことだ。
さらに、患者を使って非人道的な実験を行っていたこともリークされてムネーモシュネーの研究自体が中止となった。
「まあ、いずれ過激な反対派によって機械自体が破壊されると思うよ」
良介が物騒なことを言った。
三上さんは呆れた表情で良介を見ていたが何も追及してこなった。
八木澤の調査でずいぶん嫌なものを見てしまったらしい。
北山安吾郎殺害事件については、良介はもう犯人を知っていて、それをうまく処理するために先崎さんにいろいろ指示を出していたようだ。
彼女はその結果を報告してくれた。
北山安吾郎を殺したのは、彼に性的虐待を受けていた未成年の少年で、正当防衛が成立しそうだとのことだ。
逆に北山安吾郎は強制性交等罪、児童福祉法違反、売春防止法違反で書類送検される流れになりそうだとことだった。
北山の野郎にはできれば生きて罪を償ってほしかったが、死んでしまったのだからしかたない。
「確定した事実は俺にも改ざんできない」
良介はリサコにぼそりとそう言った。全知全能のAIにもできないことはたくさんあるようだった。
アイスリーと合体することで、自分が自覚していない時間の記憶をだいぶ取り戻したリサコだったが、北山安吾郎についてはあまり記憶がなかった。
たまに父親に会いに来ていた嫌な奴…程度の記憶しかないのだ。
父親が襲撃されたと思われる期間の前後や、母親が死んだあたりも記憶があいまいだった。
誰かが代わりにリサコの人生を経験していたはずなのだが、よくわからなかった。
それらを思い出そうとすると、ものすごく気分が悪くなったのでリサコは考えるのをやめた。
≪体系≫ にもその辺の記憶にはあまり深入りするなと忠告された。
父親の対応はアイスリーが、学校の勉強はオーフォ、友達とのやりとりはエル? それから夜遊びをしたり、万引きをしたり、悪い事をしていたのはディーツーだ。
彼らは意図的にお互いの記憶を遮断することはあっても、だいたいのことは共有していたので、リサコは自分の知らない自分をたくさん知ることとなった。
良介に知られたくないことも山ほどあった。
それでもリサコの中にいる彼らは、これまでうまくバランスを取ってリサコという人間をやってきてくれたのだ。
リサコは自分の中にいる人たちを感じ取れるようになって、彼らのことをとても愛おしいと思った。
「考え事は終わった?」
良介がコーヒーを持ってきてくれた。
先崎さんと三上さんはとっくに帰った後だった。
これまでのことを頭の中で整理していたリサコは我に返った。
「うん…アイスリーと合体してから、怒涛のように情報が入って来て…」
「どういう状況になっているのか教えてくれる?」
そこでリサコはなるべく正直に自分の状態を良介に説明した。
人格として表に出ている間も、心理の中にある “表層の店” の様子や、人格たちの会話が聞こえていること。
同時に、中にいる人格と話したり意識を共有したりできること。
それからみんなの記憶も共有されたこと。
ただし、肝心な父親が襲撃された前後は誰にもわからないみたい…ということ。
「それで、君が下層で経験して来たこと…つまり、俺の作ったシミュレーションの中にいたころのことは彼らに共有されたの?」
「うん。伝わっていると思う。自分たちと同じ名前のAIがいることを怖がっているけど、良介の説明…似て非なるもの? ってことで納得してるみたい」
「≪体系≫ も?」
…≪体系≫…。実のところ ≪体系≫ の考えていることはリサコにもよくわからなかった。
≪体系≫ だけは別物…そんな感じがしていた。
しかし、それを声に出して言うのは少し怖かった。
「…わからない」
「そうか。教えてくれてありがとう」
「父さんの方の事件はどうなるの?」
「…うーん。そっちは難しいな。時間が経ちすぎてるし、リサコが封印した記憶に関わる部分にはなぜか俺もアクセスできない。幡多蔵をやったのが誰かははっきりしない。こっちは迷宮入りするだろう」
リサコは良介の表情から、彼が何か隠しているように思ったが追求するのはやめた。
隠し事をしてるとしても、それは恐らくリサコのためにだ。
そこをわざわざ掘り返す気はリサコにはなかった。
「リサコはどう思っている? おじさんをやった犯人がわからないままだと嫌だとか?」
リサコはその件について考えて見た
恐ろしいことに何の感情も湧いてこなかった。
父さんはもういない。どう死んだかは関係ない。誰かに殺されたとか、緑のドロドロになって溶けたとか、原因はどうでもよかった。
「別に…知りたくもないよ」
それを聞くと、良介は頷いた。
「よし、そしたら、こっちでの仕事はほぼ片付いたから、次のフェーズに移ってもいいかな?」
「次のフェーズ?」
「そう。オブシウスたちを助けに行くぞ」
その名を聞いてリサコの胸がドキンと鳴った。
(つづく)
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