「秋の声」 下
1分小説
この物語は2章構成になっています!
第二章:静寂の中の声
翌日も彼は店の前を通りかかった。瑠璃は勇気を出して、外に出て彼に声をかけた。「こんにちは。またお会いできて嬉しいです。」
「ええ、昨日の羊羹があまりに美味しくて……忘れられなかったんです。」
彼は微笑みながら話し始めた。幼少期、近くに住んでいた祖母が毎日のように和菓子を作ってくれたこと、そしてその祖母が亡くなった後、何度もあの味を探し求めたこと。しかし、どの和菓子も祖母の味には及ばず、いつしかその探求も諦めてしまったと。
「昨日、あなたの羊羹を食べた瞬間、あの頃の記憶が鮮やかに蘇ったんです。もう一度、あの味を思い出せるなんて……驚きました。」
瑠璃は静かに彼の話に耳を傾けていた。祖母の作る和菓子も、瑠璃にとっては特別なものだった。彼女は祖母の繊細な手さばきを、目を輝かせながら見ていたのだ。祖母の味を受け継ぐことができるようにと、色彩の資格まで取り、和菓子作りにのめり込んだ。
「もしかしたら……そのおばあ様と、うちの祖母が知り合いだったのかもしれませんね。」
彼は驚いたように目を見開き、そしてまた柔らかく笑った。「ええ、そうかもしれませんね。何だか、そう考えると不思議です。でも、この場所に来て、あなたとこうして話していると、少しずつあの頃の感覚が蘇ってくる気がします。」
秋の風が二人の間をそっと通り過ぎていく。瑠璃は、目の前の男が再びここを訪れた理由を知りたくなった。そのとき、店の奥からふと、聞き覚えのある声が響いた。
「里田さん、そのお客様……あの男性は、昔、あなたのお祖母様が一緒に和菓子を作っていた職人さんの孫だって、ご存じですか?」
振り返ると、店長が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。瑠璃はその言葉に驚き、再び目の前の男を見つめた。彼は軽く頭を下げた。
「そう、僕の祖母はあなたのお祖母様の親しい友人だったんです。だから……だから、僕はこの味を求めていたのかもしれません。」
瑠璃は、心の中で少しずつ組み上がっていくパズルのピースが音を立ててはまっていくのを感じた。秋の深まる空の下、二人は長い時間を越えて、失われた記憶の中にある「味」と「声」を取り戻していた。
「これからも、ずっとここに来てくださいね。」
瑠璃の言葉に彼は小さく頷き、そして深く息を吐いた。「ええ、またあの味を、そして記憶の中の声を求めて……必ず。」
それ以来、彼は頻繁に店を訪れるようになった。そして彼が訪れるたびに、店内にはどこか懐かしい祖母たちの声が、秋風と共に微かに響いていた。
おわり
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よろつよ