今、お金よりも健康な体が欲しい
40代後半あたりから、坂道を転がり落ちるように体調を崩し、重くはないが治りにくい病気を複数抱えている。
そしてつい最近、そんな面倒な病気がまた1つ増えた。
理由はわかっている。明らかにこれまでの無理が祟っているのだ。
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自分のあずかり知らぬところで環境が激変することの連続だった人生。
なにかにつけて利用され、周囲のわがまま勝手に振り回されてばかりいた日々。
我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して。
我慢の限界がどこであるかもわからないほど我慢ばかりしていた。
もちろん、そこにはお金の我慢もかなり含まれている。
自分のやりたいことなどすべて後回しにしてきた。特に自分から何かを望むこともなかった。
あまりにも環境に振り回されすぎて、望んでも手に入れられないものを望むことをどこかであきらめていた。
自分を取り巻く状況のあまりの悪さに、吐き気がするほどの嫌悪感と戦いながら、どうにか正気を保つだけで精一杯だった。
多分、それが悪かったんだろうな。今さら後悔しても遅いけど。
今私が一番欲しいのは、病気をいくつも抱える前の健康な体。それは決してお金では買えないものだ。
幸い、今はお金には全く困らない生活が実現している。ある程度欲しいものも買えるし行きたいところにも行ける。そんな生活ができるようになったのはつい最近のことだ。
しかし、それはやりたいことを何一つやらず、無理を重ね、我慢ばかりして自分と心と体の悲鳴を無視し続けてきた結果だ。そう思うと、手放しでは喜べない。まさに自業自得だ。
だから、後に続く世代の人が同じ過ちに向かっているのをみると、もう気が気ではない。
ガンガン稼ぎ、お金が余るほどあっても、不自由なく動ける健康な体がなくては有効には使えない。ガツガツ稼いで、我慢に我慢を重ねてためたお金を、健康なら必要がない治療費に充てることになるのだ。まさに本末転倒。せっかく稼いだお金をどぶに捨てるようなものだ。
だからだろうか。最近、お金を稼いでなんぼとか、この仕事で儲かるにはどうすればいいか? みたいな話に飛びつく人を見ると、心配になる。そのような話はたいていキャパを超える無理をするか、あるいは法外なお金を払うことが前提となっているからだ。
第一、そんなの人に教わるものではない。たとえタダでもそんな話に乗ってはいけない。
お金を稼ぐために一番大事なのは、健康な体を維持すること、そして次に大事なのは、自分の頭で自分の人生をよりよくする方法を考えることだ。
お金のために夜も寝ないで身を削って働いた先は、決してバラ色ではない。無理をせず、健康な体を保ち続けた方が、その先の人生はよっぽど明るい。
病を得てから、深い後悔と同時に強く思うことはただ一つ。
今、お金よりも健康な体が欲しい。
ただただ、そう思う。
しかし、後悔して嘆いてばかりいてもしょうがない。
これ以上健康を失わないことを目標とし、今のポンコツな体をいたわりながら、ほどほどの力で生きていきたい。
若い人はお金や家族のために、とかく無理をしがちだ。ツイッターのつぶやきを見ていると、あまりにも無理を重ねている人が多すぎて、他人事ながら心配になる。
そんなアラフィフの私から若い人に一言。
若いころの無理は必ず、重ねて言うが、”必ず”年を取ってからツケが回ってくる。私のようになってからでは遅すぎる。
だから、間違っても他の人と比較して「自分の頑張りが足りない」などと思って無理を重ねてはいけない。お金がある幸せよりも健康である幸せの方がもっと大きいということを知り、生きていけるギリギリまで収入を減らしてでも健康を維持することを優先させてほしいと切に思う。健康でさえあれば、人生なんとかなるものだ。