chitomo

批評とか書評とかマーケティングとかやってきて、今はモバイルアプリのエンジニア。 原則書きたいことを書いていこうと思います。

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映画『ルックバック』を読む――外に出ることと喪の作業

外に連れ出されたのは京本か、藤野か劇中では主人公の藤野が京本を外に連れ出したことになっているが、この作品ではいたる方向に「外に出る」という動きが起こっている。 不登校だった京本は、藤野が学級新聞に載せていた4コマ漫画に感銘を受け、卒業式の日に藤野に卒業証書を家まで届けに来てくれたことをきっかけに彼女の部屋を出て、藤野の部屋に上がり込む。 主人公の藤野歩は、画力において太刀打ちできない京本に対して対抗するのを諦め、漫画を描く習慣から離れて「漫画を描かない普通の小中学生」の文

    • 「いつどこで役に立つか分からない」という言葉

      「いつどこで役に立つか分からない」という常套句がある。教養やら学問の価値を説明する時によく使われる決まり文句だ。分野を問わず教育機関への助成金が削られる度にSNSで使われる言葉だが、いかんせん乱用気味の感が否めないので思ったことを手短に書き残しておく。 たとえば古代の哲学って「いつどう役に立つか分からないがいつか役に立つから大切にしよう」の価値観に支えられたものではなかったはず。その当時重要だった「神とは何か」「正義とは何か」という共同体の切実な問いに答えを出すために哲学は

      • 無数の物語へ──河瀬直美『東京2020オリンピック SIDE : A』

        その映画は降りしきる雪の景色から始まる。 皇居の外濠と思しき景色を背景に、季節外れの大雪が咲いたばかりの桜に積み重なる。 古い家庭用ビデオカメラでもなければ、映像は「いつ撮られたものか」は明示しない。2020年3月末に降った「季節外れの雪」と推定されるが、これも数千年の尺度で見るなら、遠い昔から飽きるほど反復されてきた光景だろう。 日本の国花と言われる「桜」が雪の重みに潰されて、そこに日本の国歌『君が代』が被せられていくその映像は、ある意味過剰に記号的である。しかしその

        • 『竜とそばかすの姫』感想 雨と犠牲の物語

          新宿バルト9にて観賞。公開2日目の土曜なので席があるか心配したが、朝一の回は十分余裕を持って予約することができた。 感想と批評をまとめる。以下、ネタバレ含みます。 --- 『竜とそばかすの姫』の物語は一言で言うなら「母の死の理由を見つける物語」となる。 本作のヒロイン「鈴」の母親は鈴が幼い時、キャンプ先の山で濁流に流されそうになった子供を助けようとして命を落とす。それを契機に、母と歌うことが大好きだった鈴は歌を歌えなくなる。 鈴の母親はなぜ自分の命を賭して他人の子供

        • 映画『ルックバック』を読む――外に出ることと喪の作業

        • 「いつどこで役に立つか分からない」という言葉

        • 無数の物語へ──河瀬直美『東京2020オリンピック SIDE : A』

        • 『竜とそばかすの姫』感想 雨と犠牲の物語

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          7本

        記事

          新宿にて

          新宿にて

          旅の時間、遊びの時間、村上の時間

          「村上行かない?」 「何の町?」 「鮭。」 「最高、行く。」 文字通りの二つ返事で、新潟県村上市へ友人と二泊三日の旅に行くことになりました。 ・・・ 計画を立てる過程、非日常感、食、景色、アクティビティ、出会い──。 「旅」のどこが好きか、と聞かれると上記のような答えが返ってくるだろう。 世の大勢と同じく、私も人並みに「旅」が好きな人間だ。 私にとって、旅の魅力は「移動」であった。それもただ動けばOKというわけではなく、直線的な移動であることに意味がある。 物理

          旅の時間、遊びの時間、村上の時間

          『ブルシット・ジョブ』精読 / 銀行家は「社会的価値」を破壊しているか?

          1.はじめに / 『ブルシット・ジョブ』に対する批判の少なさ コロナ禍のまっただ中、2020年7月に日本の書店に現れたデヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』は、刊行されるやすぐにネットや新聞で続々と話題を呼び、瞬く間に時代を代表する一冊となった。私自身、ネットに溢れる絶賛の声に背中を押される形で本書を買うに至ったが、ネットのレビューを眺めていてその多くが大雑把な称賛であることに違和感もあった。 『ブルシット・ジョブ』が傑作であることには私

          『ブルシット・ジョブ』精読 / 銀行家は「社会的価値」を破壊しているか?

          「中流社会」の解体と、社会像の刷新――橋本健二『中流崩壊』書評

          象のことを考えるな「象のことを考えるな」の一台詞だけ、クリストファー・ノーランの映画『インセプション』を見てから数年が経った今でも覚えている。言葉が認識を形作り、認識は行動のトリガーになるという心理学的理論の正しさは、この一言を聞いて以来、折々に思い出す。 その意味で、本書は社会や政治というより心理に関する書物なのだろう。  https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784022950789 橋本健二『中流崩壊』(朝日新聞出版)は、「

          「中流社会」の解体と、社会像の刷新――橋本健二『中流崩壊』書評

          ホヤと国家の環世界――奥山真司『サクッとわかるビジネス教養 地政学』

          ホヤは国家であり、国家はホヤである「海のパイナップル」との別称を持ち、三陸地方で獲られることで有名なホヤは、非常に独特な成長プロセスを辿る生き物である。 幼生の間はオタマジャクシのように目や尻尾を持ち、軽微に身体を震わせ海の中を泳ぎ回るが、成長の過程でホヤはこうした運動器官を自ら捨て、岩場に固着し受動的に栄養を摂る植物のような生体と化する。 人間で言うなら、子どもから大人になる過程で目や脚を捨てるような一見不合理な変化をこの生き物は遂げるわけだが、進化論的に言えば何かしら

          ホヤと国家の環世界――奥山真司『サクッとわかるビジネス教養 地政学』