見出し画像

消えかかっていた素顔

「特に桃尻娘のシリーズは、第1作目から第6部の全巻完結までに13年もかかっていて、私の仕事の中では一番時間がかかっている。なんでそんなに時間がかかったのかと言えば、自分の口から言うのもなんだが、それだけ慎重で丁寧で愛情をこめてやっていたからだ。このシリーズには、格別の愛情があるし、自分の中でも特別な位置を占めている。世間の方じゃ『いらない』と言っても、私の方ではまた別なので、こういうものが消えてしまうのはつらい。私にとって、『本を書く』という行為は、『後まで残す』という行為で、それは第1作目の『桃尻娘』を書いた時からそうだった。」
「ここにあるのは『窯変源氏物語』以前の私の小説で、それは、今後とも小説家でありたい橋本治の『消えかかっていた素顔』のようなものでもありましょう。」

橋本治

『窯変源氏物語』以前の橋本治の小説が『橋本治小説集成』という形で復刊されたことがある。それは初め12巻刊行される予定だったが、『桃尻娘』シリーズ全6部、6巻の刊行で終わってしまった。理由はわからない。その後ポプラ文庫で復刊された『桃尻娘』も第3部で止まってしまった。
上に引用した文章は、『橋本治小説集成』刊行に寄せた橋本治の「ごあいさつ」の一部である。私は古本があまり好きではないのだが、古本の中にはごくまれにこのような貴重な文章が載ったチラシがタイムカプセルのように挟まれていることがある。
橋本治はさまざまな仕事をしたために、橋本治を語る人の数だけ橋本治がいるというような状態でもあるけれど、文筆業でデビューしてからの橋本治自身は一貫して小説家でありたいと考えていた作家だった。『窯変源氏物語』以前の小説は橋本治の「消えかかっていた素顔」だと橋本治は書く。“消えかかっていた”の意味は、絶版になったという意味だけではないだろう。絶版になるのは仕方がないことだとしても、完全に消してしまいたくないと願う読者は私だけではないはずだ。


いいなと思ったら応援しよう!