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橋本治「ふくよかなものの変遷」

「この《鳥毛立女屏風》の中にいる美女達は、我々の知らない遠い世界の美女達ではなくて、我々の知る世界と地続きになっている世界に住む美女達なのだ。まずそのことを頭に入れておきたい。」

「《鳥毛立女屏風》の天平の美女達は、豊かな肉体を持っていた。そのことを証明するように、彼女達の切れ長の目は、しっかりと見開かれていた。しかし、やがてその目は閉じられる。開いているのだか閉じているのだか判然としないような、王朝の美女達の“引き目”へと変わる。《樹下美人図》の愛称を持つ天平の美女達は、平気で太陽の光の差す戸外へ出掛け立っている。“吹き抜け屋台”の中にいる王朝の美女達は、御簾に囲われ、人に顔を見られまいとして、つつましく視線をそらせている。健康な肉体を持つ天平の美女は、一人で進んで戸外を歩き、やがて時が進み、彼女達を包む環境はより豊かな贅沢を可能にした。彼女達は豪華な衣装に見を包むことが可能になり、そして動くことを禁じられた。健康な肉体は、“優雅”と“洗練”という美学の中で、やがてその二つの美女達が到底同じものとは思えないような変化を見せることになる。」

「丸くて愛らしい子供の顔が、大人になるに従って成長し、そのプロポーションを変える─その変化が、そのまま平安院政→平家→鎌倉という絵巻物の中に描かれた顔型の変化になって表れる。そして、その丸く愛らしい“子供の顔”の典拠がどこにあったのかということは、いつの間にか忘れられる。《鳥毛立女屏風》の天平美人達は、ただふくよかで豊かな肉体を持った美女たちであって、彼女たちは“まだ成熟を開始していない子供”ではなかったのだ。この肉体がそのまま歴史の中を歩き出していたなら、日本の歴史というものもかなり違ったものになっていただろうにと、私は思うのだった。」

橋本治「ふくよかなものの変遷」
(『ひらがな日本美術史』)


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