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『「わからない」という方法』橋本治

「私には、『わからない』と思うことがいくらでもある。そういうことを一つ一つつぶして行くのが人生だと思っているから、やることはいくらでもある。つまりは、人生とは『わからないの迷路』である。だから、そのさまざまに存在する『わからない』を、まず整理しなければならない。『木を見て森を見ず』とは言うが、『わからないの迷路』に圧倒されているだけの人間は、その逆の、『森を見て木を見ず』なのである。
巨大なる『わからないの森』は、その実、『わかりうる一本の木』の集大成なのである。だからとりあえず、『わかりうるもの』を探す。手をつけるべきは、『こんなくだらないものの答えが全体像の解明につながるはずはない』と思えるようなところである。」

『「わからない」という方法』
橋本治

「わからない」からやらない、ではなく、わからないからやる、わからないけどやる。「わからない」からスタートして、自分はどうわからないのか?を自分の頭に問うことが“「わからない」という方法”。

「わかりきった」と思われた業界は終わっていく。「活字離れ」が言われた出版業界、そして新規参入はないと思われていた編み物業界に挑戦状を叩きつけるように、1983年、橋本治は編み物の本を作る。しかも、「セーターの編み方」なんかなんにもわからない男性に向けて。

この本の中で「編み物本編」とも言えるパートは、橋本治は“わかっている立場”だが、後半は逆になる。
“わからない立場”から二種類のアプローチ法を紹介する。
エコール・ド・パリをドラマにするというテレビの仕事で使った“天を行く方法”。
枕草子を桃尻語訳するときに使った“地を這う方法”。

全体を通して重要なことは、脳よりも「身体のほうが頭がいい」事実であり、哲学。

「私に重要なのは、身体と経験と友人で、それがなければ、脳味噌の出番なんかないのである。身体とは『思考の基盤』で、経験とは『たくわえられた思考のデータ』で、友人とは『思考の結果を検証するもの』である。身体と経験と友人の使いようが、『わからない』を『方法』にする」。

『「わからない」という方法』
橋本治


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