#カワイクイキタイ22「なんでもいいね」
頭の上でりんごがポンと跳ねました。
その瞬間、あなたを好きになりました。
あなたを好きになった瞬間、世界は突然鮮やかになり、明日が待ち遠しく、空気は美味しく、なんだか健康になって、肌の調子がよくなった気すらしました。そんなのは全部気のせいで、そんなのは全部本当のことでした。
その瞬間は、豪華でも派手でも賑やかでもなく、何も特別ではなく、とても静かなものでした。
近くのコンビニに行っただけ。たった数十メートルを手も繋がず何も話さず、でもふたりきりで歩いただけ。帰り道、電車に一緒に乗っただけ。同じ時間を過ごし、その疲れや苦労が共通のものであっただけ。なんでもない姿をたびたび目にしているうちに、あなたを見かけると少し嬉しくなっていっただけ。
いつなのかも、どうしてかも、聞かれたってわからない。
でもその時がきっとりんごが跳ねた瞬間でした。
あのね、いいねってのは、何を言ったから何をしたからじゃなくて、あなただったら「なんでもいいね」なんですよ。何を言っても、何をしても、あなたの味方なんですよ。
それから私も、あなたが呼んでくれるから自分の名前を好きになります。新しい髪型や、着ている服、がんばって作ったなにか、爪の形や声のように自分ではどうしようもできないものですら、あなたがいいねと言ってくれるだけで大切なものに変わります。
人間は欲でできてますから、こうしたいああしたいはきっと尽きないでしょう。けど、その都度思い出してみることにします。
時の流れや空の色に何も望みはしないように、同じ時代に産まれ、同じ時代に生き、同じ国にいて、同じ街に住み、同じようなことをして、知らん間に行われたありとあらゆるマルバツゲームをくぐり抜けた先のとんでもない確率で、今あなたとこうしているということを。
だからなんでもいい。あなただったら、あなたとだったら。
大切だったものがある。大切だった、でいい。大切じゃないのは今の話で、大切じゃなかったなんて嘘つかなくていい。居なくなったあの人を食べてこそないけど、血や肉になってなんとなくずっと居る。それでいい。なにも間違ってない。
あの人が居た場所に違う何かが入ってくること、悲しまなくていいし喜ばなくていい。代わりじゃなくて、まったく新しいもの。未来と呼んだり希望と呼んだり、とにかく、とってもいいもの。
なにもこわくないね。