いらないものは置いていこう
このところ思うこと。いろんなことに対しての現実感が乏しくなってきたような氣がしている。
例えばショッピングセンターで。子どもが一人でヨチヨチ歩いてる。横にはエスカレーターがある。あっちへ行ったら危ないな。そんな場面。
今までの自分だったら「もう!親は何してるん?危ないやん!( ̄^ ̄)」って感じで、瞬間的に腹を立てていた。その後その氣分を引きずって、始終イライラ・・・
ところが最近の自分は「落ちないといいね(´・_・`)」ってサラッと思うだけ。思うには思うけれど、後を引かない。なんなら親にも腹は立たない。落ちそうになったときに近くにいれば助けるとは思うけれど、もし間に合わなかったら・・・なんて事は考えない。と、そういう感じ。
冷たくなったのかな?と思ったりもしてみるけれど、そうでもない。ヨチヨチ歩くお子たちはやっぱりとても可愛いし、にっこり笑ってくれるとそれだけで💕幸せ氣分💕になれる。
無関心になったのかな?ってわけでもないか。無関心なら、エスカレーター近くの子どもにも氣がつかないはずだし。
「温和になった」ともちょっと違うんだな。先日、自分で言ったことを守らなかった病院の先生に、電話で噛み付いたもんな・・・あなたにとっては大勢の患者の一人でしょうが、私にとっては大切な家族のことなんで!って。自分の言った簡単なこと1つ守れないで、他人の命が救えるとは思えん。って感じで怒るときには怒るし、それが誰であっても関係ないもんな。
こうして考えてみると、一番しっくりくるのがアドラー先生のおっしゃるところの「他人の課題を手放せた」ってことかなぁと思えてくる。
今まで、何に執着してたんだろう?なんで執着してたんだろう??
確かに目の前で子どもがエスカレーターを落ちて行ったら・・・想像するだけで怖くなる。でも、起きてもいない事柄で、その子の親に対して「ちゃんと見ときなさいよ!」って、他人の課題に首突っ込んで勝手に怒ってイライラしてたんだよね。
実際にはそんな怖い事故は、ただの一回も起きてはいないのに、危ないな〜って状況が起きる度に「あ〜〜〜!危ない!」だの「それはダメでしょ!」なんて先回りして怒ってた。
そんな風だったのが、最近ピタッとなくなったんだな。
これが「手放し」っていうヤツか?(ΦωΦ)ふふふ
不思議だなぁ・・・なんでかな?と思うけれど、そこを考えてみることも、なんだか違う氣がしている。
自分は自分でいいんだよね。これが「今の自分」なんだから。
いらないものは、置いていこう。これからの世界を軽やかに穏やかに生きるためにね。