メモ帳供養 その七「死神の合コン」
こんばんは、魚亭ペン太でございます。そんなこんなでメモ帳供養も七回目になりました。だいぶ挙動が良くなりましたけど、このまま続けていく所存です。
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「このあと合コンあるからさ、残業したくないんだよね」
やけに雰囲気が明るいこの男、先程死神だと名乗っていた。
こちらはついこの前に異性に刺殺されたというのに、それと知りながら異性との集まりに想いを馳せる言動はどうなのだろう。
「……ということで、とにかく、数時間は死んでないことにできるからさ、彼女さんまで死なないようにして欲しいんだよね」
なんでも死神いわく彼女は私を殺した後に自殺を図ろうとしているらしい。
この時間帯で二人も死後の案内をすることになると、引き継ぎ作業になるか最悪残業ということで色々面倒なのだそうだ。
「とにかく、彼女も死なないようにね」
走馬灯を見ていたのだろうか。意識が戻ってきて、力の入るようになった瞼を開けると泣き喚いている彼女の姿が見える。エプロンが血濡れていて、包丁を握りしめたまま座り込んでしまっている。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「大丈夫だから、とにかく医者を呼んで」
刺されてからどれくらいの時間が経っているのかわからないが、意識だけははっきりしている。体は自由が効かない。
「すぐに呼ぶから、お願い、死なないで」
「怒ってないから、大丈夫だから」
「本当に、本当にごめんなさい」
彼女は精神的な負担からここのところ感情の起伏をコントロール出来なくなっていた。だからといって、仕事の疲労から素っ気なかった私に不倫の疑いを掛けるとは思わなかった。
「最近さ、不倫騒動多いでしょ。私達は大丈夫だよね」
「そんな心配なんかする必要もないよ」
「そうじゃなくてさ」
思えばここで安心させるような言葉を選ぶべきだっただろうか。しかし歯の浮いたような言葉は逆に不倫を匂わせかねない。今更過去の行動を悔やんでも結果は変わらない。
「あっちに戻らせるから、どうにか頑張ってくれよ。とにかく目を閉じないことだ。正気を保っていれば留まれるからさ。それにこっちの話はするなよ。すぐに迎えが来るからな……」
「……いち、に、さん」
担架に乗せられた事だけが耳から入ってくる情報でわかる。体の方はすでに感覚が薄れていて、触られているのだろうけれども他人事のように思えてしまう。
状況説明を受けている彼女が、まともな返事をできている様子は感じられない。
「ちょっとしたイザコザで、事故みたいなものなんです」
私が口を挟むと救急隊員は疑り深く言葉に耳を傾けながら、手術に向けて動き回っている。
「麻酔打ちますからね」
「いや、麻酔はダメです」
「この患者やけに意識がはっきりしてますね。とにかく始めますよ」
医者たちは各々の役割を果たすべくやり取りをしながら手術を行っていく。
それからは麻酔による眠気との戦いだった。目を閉じたら向こう側に行ってしまう。ただそれだけを気にして唯一力の込められる眼球にだけ意識を集中させる。
そもそもどうしてここまで生きていようと思っているのだろうか。死神を合コンに行かせるためでは決してない。彼女が後追い自殺をしないようにするためだったか。いや、そもそも自分はもう死んでしまっているようなものだ。自分を刺し殺した相手を想ってまでここに居続ける意味があるのだろうか。
「無事に山を超えました。もう大丈夫ですから、安心して寝てください」
それでも寝ない私を恐ろしく思いながら、隣でひたすら謝り続けている彼女を、悲劇的なドラマのワンシーンでも見せられているかのように、看護婦達が小声で話しながら様子を伺っている。
「とにかく、これは事故だから、悪く思わないでくれ。もう許すから、謝らないでくれ」
自分でもよくわからない。
心地よく眠るために黙っていて欲しいとすら思える。
「ちょっとだけ寝るよ」
まぶたがゆっくりと落ちていく。隣で泣く声が遠ざかっていく。
「あっ、どうも。随分頑張りましたね」
体も瞼の感覚もない。走馬灯でもない。今度こそ本当に死んだのだ。
「死んだのか」
「いや、なんていうか、うちの先輩がスイマセン。引き継ぎ作業を途中まで聞かされていながら、さっさと出ていってしまって。なんでも合コンだとかなんだとか」
「あぁ、それで後追い自殺をさせないようにしてくれって頼まれたんだよ」
「これはもう特例中の特例ですよ。先輩ってば私のせいにしようとしてて」
「それは災難ですね」
「いや、ホントですよ。私だけじゃこのあとのこと決めかねるので、先輩が出勤するまでもう少し粘って貰えます」
「えっ、いや、もう十分なんだが」
「とにかく死神の話はしないように、すぐに迎えが来ますよ」
再びまぶたに力が入る。一体私は誰のために生きているのだか。
美味しいご飯を食べます。