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「おしんこ」

タイトル「おしんこ」

概要

寝ている旦那の側で真逆のことを言う女房。

昔は女性を大根に例えることは白くてふっくらしているとして褒め言葉だった。

「だいこん」は「でえこ」

12/15に書き直しをしました。

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「おでん燗酒(かんざけ)、甘いと辛い、あんばいよしよし」の掛け声で売る「おでん かんざけ」と書いたのれんを掲げたおでんの振売や屋台が流行していた江戸の時分。

この頃のおでんは今のような形ではなかったのでして、田楽に味噌を塗って焼いたもの。それを女房言葉でもってして「おでん」となったのです。

この女房言葉、宮中などに仕える女房が使用した隠語でして、言葉の先に「お」をつけて、最後を端折る。

でんがくが改まって「おでんがく」となったのですが何分頭が悪く、学がないってんで「おでん」と相成りました。とかなんとか。

おでんが今の形になる前は、煮売り屋なんてものがありまして居酒屋の前身ですな。大根などの野菜や魚を煮た汁物と一緒に酒を飲む。てなもんで。

今日「煮詰まる」というと物事が行き詰まったときに用いられる言葉に思えますが、それは誤用でして調べてみますと

「煮物を十分に煮込んで水気が減った状態、味の成分が濃縮された状態。 転じて、論議が十分に行われて結論が出せるようになった状況を意味する表現。」が本来の意味なんですね。

言葉というのは受け止め方次第で意味合いが変わってくる。今も昔も複雑な代物でございます。

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「帰ってきたぞ。いやぁ、今日も気持ちいい酒が飲めたってもんだ。飲み足りないからな、もう少し飲もうかね」

「ほんと、いい親方に恵まれたもんだね。おかげでうちには酔っ払いが居座るようになったけど……ねぇ、あんた、気持ちよく酒を飲むのは勝手だけどね、あんまり騒ぐとまた隣から文句言われるよ」

「いいじゃねぇか、文句なんざ酒と一緒に飲み込ませちゃえ。酒はたくさんあるんだ」

そうしてどんどん飲んでいくと次第にウトウトしてくる。

「あぁ、もうだめだな、もう寝よう。おい、おしん、布団敷いてくれ」

「はいよ、ほら、どうぞ」

「あぁ、おやすみ。ごぉー」

「ほんとにこの人は寝るのが早いね。見世物小屋にでも持っていこうかね。そしたら大金持ちだね」

「んぁ、なんか言ったか」

「何も言ってないよ」 

「あ、そう、ごぉー」

「それにしたってさ、いい旦那だよ。そうやっていつも酔って帰ってくるけど、あれだろう。親方からもらった小遣いは女房のためにって、飲みの席も早めに切り上げてくるんだろう」

「あぉ、もう、なんだよ。人が気持ちよく寝ようとしてるのに、なんで話しかけるんだ」

「なによ、一人で勝手に酔っている人がいるんだから、一人で勝手に話す人がいてもいいじゃないの、このおたんこ茄子」

「まったく、静かにやってくれよ。隣に文句言われるよ。ごぉー」

「ほんとこの人は、この前なんか他所でうちの女房が一番だなんて言って。よそで女も作らないで見上げた男だよ」

「ごぉー」

「それにこの前なんか……」

「ごぉー……っていくかよ。おいおい、まだ続けるの。ちょっと表でもって飯でも食べてきたらどうだい。腹がいっぱいになりゃお前さんも寝つけるだろうよ。

自慢じゃないけどおれは寝るの早いよ、でもね、寝付くところに声をかけられるのは応えるね。完全に寝てからやってくれるかい」

「そう、じゃあ、遠慮なく」

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「なんだってんだよ、ほんとに、気味が悪いってんだ。まったくもって逆のことを言ってら、俺なんかを見世物小屋に持っていってもなんもならんだろうよ。

親方からもらった金はすっかり使い込んだどころか店に少し付けたし、あの女房のことなんか愚痴ばっかりで自慢なんかしちゃいないよ。

この前なんか松ちゃん達と色街に繰り出したしな。それを知って見上げるどころか見下してるだろうよ」

「おい、うるせぇな、なにをごちゃごちゃ言ってんだ」

「おう、松ちゃん」

「おう、じゃないよまったく、帰ってくるなり隣でグチグチ聞こえるんだから、なに喧嘩でもしたの」

「いや、喧嘩なんかしてねぇよ、なんでさ」

「表でおたくのおしんさんが煮売り屋で飲み食いしているの見たからさ、それに」

「女房が外で飯食べてると喧嘩したことになるの。それにってなんだい」

「……いや、なんでもない」

「なんでもないってことはないだろうよ。言いかけるのが一番気にならぁ」

「まぁ、あれだよ、…煮売り屋ともなれば独身者(しとりもの)が多い」

「なんだよ、なぞかけか」

「ほら、あれだよ、他の人と一緒に食べていたもんだから」

「店なんだから誰かと一緒に食べたっていいだろ」

「いやぁー、その、あれよ、おしんさんの隣にいたお客さんさ、大根が好きだっていうからさ」

「いいじゃねぇか、好きなもの食べれば」

「まだわかんねぇかな、なんかこういい感じなんだよ」

「繁盛してるのか」

「そりゃ繁盛してるけど、そうじゃないんだって」

「煮えきらねぇやつだな、煮付けてもらってこい」

「いや、だからそのおしんさんが男の客に口説かれてたんだよ」

「おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇよ、あいつに限って間男。そりゃねぇだろうよ。そいつはいったいどんな野郎で」

「面が長くて、人参みてぇな男だ」

「大根と人参たぁこいつはぬかった」

「酒の席は何があるかわからねぇからな、見てきたほうがいいぞ」

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「おい、煮売り屋」

「はい、いらっしゃい。何に致しましょう」

「うちの女房見なかったかい」

「すいません、うちではちょっと扱ってません」

「人んちの女房扱う店なんざ聞いたことないね」

「喧嘩でもしたんですかい。冷めきった夫婦間も熱燗交わせば温まりますよ」

「酒を飲んだら夫婦間は冷めるってのが相場だ。いや、そうじゃなくてだな」

「いや、失礼いたしました。親の遺言で冗談には冗談を返せって」

「冗談じゃないよ」

「して、どんな感じで」

「なんだ話聞いてくれるのか、とにかくだよ、えーとだな、大根と人参…」

「はいどうぞ」

「いや、おしんこじゃぁなくてだな」

「とにかく食べてみてくださいよ」

「なんだってんだ、ったく。おい、煮売り屋、このおしんこ美味しいな」

「えぇ、ひと工夫、糠床で、いい感じに一夜漬け」

「なに下手くそに歌ってやがる」

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「あの煮売り屋、なんだってんだ。それにしたって、あいつはどこ行っちまったんだよ」

「ちょっと、あんたどこ行ってたの」

「どこって、お前が男に口説かれているって聞いたから、心配になって見に行ってたんだよ」

「心配してくれたの」

「自分の女房心配しない亭主がいるかよ」

「心配させて悪かったわね。でも私は他の男にはなびきませんよ」

「そうかい、俺の取り越し苦労だったわけだ」

「ねぇ、それなら今晩は」

「なんだい、そんなことだったんかい。それならそうと」

「いえるわけないじゃない」

「いや、わるかった」

「これからはもっと、私のこと新婚のときみたく構ってくれる」

「あぁ、わるかったよ。そんな泣きながら抱きつかなくたっていいじゃねぇか。それにしたってお前、昔に比べて重くなったよな」

「そのほうがおたんこ茄子もよく漬かるのよ」

「おいっ、そんな嫌味なこと言うこたないだろう」

「なに寝ながらブツブツ言ってんのさ、隣から文句言われるよ」

「寝ながらって何だよ」

「やだね、まだ寝ぼけてるよ」

「いや、だってお前が俺に抱かれたいって」

「何言ってるかわからないけど静かに寝なよ」

「お前のこと心配して、見に行ったのも夢なのかい」

「なに、夢の中で心配してくれたの」

「そうだよ、おまえが他の男に口説かれてるって聞いたもんだから、探しに行って、それで煮売り屋が冗談ばっかり言ってたんだ」

「なんて言ってたのさ」

「たしか、夫婦は寝床でいい感じにイチャつけって」

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