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『白蛇の夢』

『白蛇の夢』

蜘蛛の巣に蝶が引っ掛かり、蜘蛛がそこに糸を足して、再び蝶を繭の中に戻していた。

これをただ眺め、羨ましいと考えていた。

戸無し、屋根に穴の開くオンボロ長屋に住む男。

背が低く、猫背で、髭を放置して数日もすると、人間ではなく妖怪の類、もしくは猿かと間違われる程の毛深く小汚い男。

名を太郎といった。太郎は野心を持っている。それはなんてことない漠然と誰もが思っていることだった。

「金持ちになりたい」

誰もがお金を持っているに越したことはないと口を揃えるなか「どのように」が重要であることは、誰しもが考えられることではない。

結果的に呆然と穴開き天井を出入りする蜘蛛などの害虫を眺めながら、あの見上げた月から牡丹餅が落ちてくることを想像するだけで、その野心は他人からすれば、単なる妄想、空を見上げているだけでしかなかった。

自由や休息、そうした時間を捨てて苦労をしてでも。

少ない稼ぎでも好きなことをして。

一番よくないのは楽にというものだろう。

金はおろか牡丹餅ですら落ちてこないご時世なのに、このように考えるのはどうにも現実を直視できてないのではなかろうか。

太郎の周りに住む人達もそのように考えているかどうかわからないが、もし考えていたとしても、博打に明け暮れるばかりの住人が集まる「穴開き長屋」である以上、たいして裕福でもない人達からも笑われる始末。

ありもしない稼ぎをお互いに奪い合う。犬の共食いとさえ言われていた。

その通りがかりの笑い声も、長屋の薄い壁では太郎の耳にも聞こえているはずなのだが、この男は肝が座っているのか、行動力がないのか、とにかく思案に暮れるばかりで、その重い腰をめったに持ち上げることがなかった。

先程まで這っていた蜘蛛がヤモリに食われ、残された足を無意味に動かしている。

太郎が住む長屋の一間は、人間の生活を要していなかった。むしろ動物たち住みやすい環境になっている。

つまり、人間が住むにはあまりに小汚いのだ。見渡せば人には使えない出入り口が何か所もあるのがわかる。

先程のヤモリが破けた畳の隙間を潜っていく。

そして穴の中からヤモリを加えたネズミが太郎の前を横切る。

太郎の部屋に盗みに入るような泥棒がいたのなら、それはモグリだろう。盗むものもなければ、そこは人の住む一間ではなく、生き物が行き交う往来であった。

そんなところに住む太郎であったが、月に一度、親方の好意で食うに困らない程度には仕事を回してもらえていた。

畳のまともなところへせんべい布団を動かしながら丸まって寝る。太郎はこの長屋をただ雨風が凌げる場所程度にしか考えていなかった。
そのために太郎も別にこの動物たちの出入りをとやかくいうこともなく、金も貰えないのに間貸しをしているのだった。

太郎には大した稼ぎがなかった。稼ぎのない男とは何かと諦めていることが多い。あちこちの穴のこともそうだし、遊郭の穴に関しても若い頃に一度だけ連れて行ってもらったときのを思い出して我慢していた。

しかし、この太郎にもなかなか面白い特技があった。不思議なことに、間借りを要求されることに返事ができるというもの。

だが、普通の人にできないことは、人に恐れられるのが世の常で、太郎はこれを子供の頃に気味悪がられてからずっと隠してきていた。

普通でない人が普通の人を演じるのは難しいことである。金儲けがしたいとわざとらしく人に言いふらしていたのも、自分が大衆と変わらないことを示したかったためだった。しかし、金があれば何かと色々な我慢から解き放たれることは明白だ。

だがやはり変人というものは人の世に溶け込めないもので、太郎はこうしてうだつの上がらない生活を続けているのだった。

「あいかわらずお前は口だけで、なにも始めないのか」

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