短編『何も気にならなくなる薬』その112
電車の乗り換えというのは不思議なもので、主要な駅であればたどり着く方法は何通りもある。そのくせ値段は違う。
節約したいとき、急ぎたい時、乗り過ごした時、便利であるがあまりにも複雑で案内のアプリがないとまともに駅の中を移動できない。
さらには駅の中が複雑なため、駅ナカのお店に中々たどり着かないこともザラだ。
文句ばかり並べるとそれっぽくなるが、つまるところ便利と不便は紙一重なのだ。
「ハヤシライス」
「灯台下暗し」
「別れ」
「アーモンド」
「てるてる坊主」
さて、今回はこの五つ。
別れ時を迎える雰囲気というのは大体にして沈黙がある。
話したいことをある程度話し終えたような空気だ。
その静けさをなくすために雨音が間をつなぐ。
てるてる坊主がその役割を果たせないまま、悲しそうにぶら下がっている。
アーモンドをつまみに酒を勧めていたが、それも間もなく持たなくなるだろう。
「何か食べたいものある」
「特にないかな」
「何か食べてきたの」
「あぁ」
「あぁじゃなくて、何を食べてきたの」
「何ってハヤシライス」
「洋食?」
「そうだよ」
「そっか、今度私も行きたいな」
「そうだね」
彼はまた窓を眺めた。
雨が止めばすぐに帰る支度をするかのように。
きっと二人には距離を置く必要がある。
灯台もと暗し、外の世界は明るく、広がっていくように見える。
けれども、遠くから見た灯台はきっと素敵に見える。
彼が旅立っても、再び帰ってくれるように私は光り輝く灯台であろう。そう一人で誓った。
「そろそろ行くよ」
雨が弱くなって、彼は玄関を出ていった。
てるてる坊主がバツの悪そうな顔をしてぶら下がっている。
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