異国日記を観た。心地よかった
映画を観て、原作を買おうと思ったのは久々でした。
そんな大それた人間じゃないですから、「この私にそう思わせたなんてやるわね」的なイケメン御曹司的な言い方ではありませんが。
見終わった後に、もう一度この作品を噛み締めたいと思ったんです。
異国日記は、交通事故で両親を失った中学三年生の女の子「朝」がお母さんの妹(朝からしたら叔母さん?いとこ?)の「マキオ」と一緒に暮らす話。
でもマキオは姉(朝の母)のことが嫌い。嫌いな姉の子供だったが、盥回しにされるかもしれない朝を見て一緒に暮らす事を決めた。
(盥は漢字じゃなきゃ!)
簡単にはこんなお話。正直ほとんど情報をいれずに観に行ったので「え、ガッキーの役そんな気だるげな感じ!?」みたいな驚きはありました。(どんなにけだるげでも部屋汚くても髪の毛ボサボサでもガッキーは可愛いなとか思ったのは言えない)
そんな映画のキャッチコピー的な感じに使われている台詞があります。
私はこの台詞で心をがっつり掴まれました。
人を愛するってそりゃもうとても素敵なことです。愛はきっと幸せと直接繋がる事が出来るものだと思うし、生きる上で大切な要素の一つだと思います。
でも、だからこそ確証はない。永遠に愛すると誓った人の愛も、いつか消えてしまうかもしれない。
愛してたつもりでも、相手にその愛が伝わっていないのかも知れない。
ただの自己満足で愛を利用しているだけかも知れない。
こんな22年ちょいしか生きてない人間が愛を語るなんて1世紀早いけど!
(マジ、好き!とかは気軽に言えるしなんなら嘘でも嬉しいのに、愛してるだと急に胡散臭くなるんすねぇ日本語の不思議)
話を戻すと
マキオちゃんはきっと、作家さんなこともあってか言葉は凄く丁寧に扱ってて。(ファンタジー小説がシリーズで売れててアニメ化もしててなんか凄い人だった)
だから愛する事の重さもきっと人生経験とか想像力から身に染みるくらい知ってるんだはず。
「その代わりあなたを踏みにじらない。」
けど代わりに出したその条件は、愛するより難しい!だって人間どこに地雷があるかわかんねえし。
それを真っ直ぐ朝の目を見て言ったマキオちゃんすげえ。
とか思ってたらマキオちゃんもそれなりに悩んでて。
多感な時期の子は大人の何気ない一言で人生が変わっちゃうからって、
試行錯誤しながらコミュニケーションを取ってたんです。
ボサボサの髪の毛を更にボサボサにして悩み朝と対等に向き合うマキオちゃんはよく喚くし料理出来ないし片付けしない。
ちゃんとしっかり不完全な人間でした、
よかったぁぁぁぁ!
いやだって、覚悟を持って中学三年生にそんなこと言える人が私生活も綺麗で爽やかな大人だったら私なんか理想の大人すぎて泣いちゃう。
齢22で全く、いや微塵も大人の自分を想像出来ない私にとってありがてぇ存在がマキオちゃんなんです。んで、そんな大人でも格好良くて素敵だったんです。
マキオちゃんのみならず映画に登場する大人は、仕事はきっちりしてるけどプライベートゆるゆるだったり、完璧な大人なんて一人もいなくて。
そこの共感は高くて、ほっとして、きっとそれが心地よいポイントになってたのかも。
マキオちゃんと朝の生活は映画が終わった後も続いていく。映画の最後はそう思わせてくれる終わり方です。
人間の生活なんて映画に出来るほど大それたものじゃないけど、自分の生活も案外見物かも知れない。そう思わせてくれる映画でした。
この二人の生活の続きが見てみたい。
そう思って映画を見終わったその足で本屋さんに駆け寄り原作を探しました。
ありませんでした。
あと、原作マンガでした。
知りませんでした。
わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!