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岩波少年文庫を全部読む。(5)版面と挿画の力 『アンデルセン童話集1』

本文で初山滋の挿画の話をしていますが、上のタイトル画像↑はもちろん初山滋ではありません。
(初出「シミルボン」2020年10月29日

アンデルセンの童話はレンジが広い。

 ハンス・クリスチャン・アンデルセンは生前、『子どもたちに語るお伽噺集』Eventyr, fortalte for Børn [1835])全2冊にはじまって、最晩年の1870年代前半まで、数多くの童話集を刊行しています。

 岩波少年文庫版『アンデルセン童話集』全3冊は、大畑末吉訳の岩波文庫版『完訳 アンデルセン童話集』全7冊からの抜粋です。

 岩波文庫の完訳では童話155篇+詩1篇、これに加えて「緒言と解説」として1937年版の序、1863年版の跋、最終1874年版の跋が収められています。この岩波少年文庫ではそこから、全3冊に33篇が選ばれています。
(なお、小学館ファンタジー文庫版の高橋健二『完訳 アンデルセン童話集』全8冊も気になっています)

 岩波文庫版童話集を読んでみて感じたのは、アンデルセン童話のレンジの広さです。

 ハイブラウな散文詩のような作品や、デンマーク史の固有名満載の愛国教育的な作品もけっこうありました。つまり21世紀の日本の子どもには少々縁遠いかもしれない読みものも多い。

 ですから、現役の子どもがアンデルセンに近づくには、岩波文庫版はちょっと敷居が高いようです。最初にアクセスするためには、本書のようなベスト版が必要(じつは福音館文庫版もけっこう気になっている)。

『トムとジェリー』にもアンデルセンネタが

 この第1巻には、岩波文庫版の第1、2、3分冊から11篇を収録しています。アンデルセン童話の有名どころが並んでいます。

 アンデルセン童話は早い時期からワールドワイドに読まれていたようで、たとえば本書所収の「みにくいアヒルの子」も、オルコット『続若草物語』(アンデルセン存命中の1869年に刊行。吉田勝江訳、角川文庫)第26章で、文学少女の次女ジョーではなく、かつてはおしゃまさんだった末娘エイミーが母との会話中にさりげなく言及していました。

"You know as well as I that it does make a difference with nearly everyone, so don't ruffle up like a dear, motherly hen, when your chickens get pecked by smarter birds. The ugly duckling turned out a swan, you know." and Amy smiled without bitterness, for she possessed a happy temper and hopeful spirit. 〔太字強調は引用者による〕

 そういえば子どものころ観たMGM製アニメーション『トムとジェリー』前期(1940-1967)に、「エンドウ豆の上のお姫さま」「みにくいアヒルの子」を題材にしたギャグがあったのも思い出します。
 「エンドウ豆の上のお姫さま」は、11世紀カシミールの詩人ソーマデーヴァが書いた枠物語『カター・サリット・サーガラ』の第12巻、独立した枠物語として単独で読まれることが多い『屍鬼二十五話』(『屍鬼二十五話 インド伝奇集』上村勝彦訳、平凡社《東洋文庫》)の第8話が元ネタになっているようです。

 なお、岩波文庫版『カター・サリット・サーガラ インド古典説話集』全4冊(岩本裕による抄訳)にはこの第12巻は収録されていません。

版面と挿画の力

 ところで、現行の岩波文庫版は1984年ごろの版です。版面の字が詰まりすぎてて、大人にとっても読みにくい。そのあたりも岩波少年文庫版がいいようです。

 なお、岩波文庫の挿画は原書からとったもののようで、僕としてはそれはかなり好きなものです。いっぽう、こちらの岩波少年文庫版では、日本童画史の巨星・初山滋による挿画やカットが入っています。

 モダンさと感傷とがないまぜとなった、ポスト童心主義的な線の細い挿画は、初山滋特有の湿った叙情でアンデルセンの毒をもう1段階ウェットにしてくれているという気もします。

 僕は初山滋の絵は大好きですが、アンデルセン童話とのコラボはちょっと僕の胃にはガッツリいき過ぎてて重かった。
 逆に、いかにも19世紀って感じの岩波文庫の挿画じゃダメで初山滋の挿画ならOK、という人もかなり多いと思います。

児童文学における挿画の力を痛感

 僕は昨2019年から仕事で、岩波少年文庫やその他の児童文学の古典を読むようになりました。この連載はいわばその仕事の副産物です。

 それ以前の僕は、児童文学の書籍における挿画の力を甘く見ていたとしか思えません(当時はそのつもりはなかったのですが)。

 この話はさきざき、『くまのプーさん』や《ドリトル先生》ものをあつかうときにまた繰り返すことになりそうです。

本書収録作について

 「おやゆび姫」「空とぶトランク」「皇帝の新しい着物」「パラダイスの園」「小クラウスと大クラウス」「エンドウ豆の上のお姫さま」『アンデルセン童話集1』(岩波文庫)より再録(一部改題)。

「ソバ」「みにくいアヒルの子」「モミの木」「眠りの精のオーレさん」は『アンデルセン童話集2』(同)より再録(一部改題)。

「おとなりさん」『アンデルセン童話集3』(同)より再録。

Hans Christian Andersen, Eventyr og Historier (1835-1874)
1986年3月12日刊、2000年6月16日新装版

ハンス・クリスチャン・アンデルセン 1805年、オゼンセ生まれ。学校中退後、職工見習いを経てコペンハーゲンの王立バレエ学校に在籍。王立劇場のダンサー見習いを経てコペンハーゲン大学で文献学・哲学を学びつつ執筆開始。1875年歿。日本語訳に『即興詩人』『アンデルセン童話集』『アンデルセン自伝』(岩波文庫)、『絵のない絵本』(福音館文庫)、《アンデルセン小説・紀行文学全集》(東京書籍)など。

大畑末吉 1901年埼玉県生まれ。東京で育つ。東京帝国大学文学部独文科卒業、新潟高教授を経てドイツ、米国に留学。山形高、立教大、一橋大社会学部教授時代に『ゲーテ哲学研究 ゲーテにおけるスピノチスムス』(河出書房新社)で東大文学博士。早大社会科学部教授。著書に『ファウスト論集』(早稲田大学出版部)、訳書に上掲岩波文庫のアンデルセンをはじめ、ティーク『長靴をはいた牡猫』(同)など。1978年歿。

初山滋 1890年東京生まれ。本名初山繁蔵。金属商の小僧から模様画工房の着物柄絵師、染織研究所勤務に転じ、グラフィックデザイン、イラストで活躍。日本女子大非常勤講師。絵本『もず』で国際アンデルセン賞国内賞。他に紫綬褒章、モービル児童文化賞。1973年歿。

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