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岩波少年文庫を全部読む。(7)『アナと雪の女王』=「雪の女王」+「野の白鳥」 『アンデルセン童話集3』

(初出「シミルボン」2020年11月12日

 岩波少年文庫版『アンデルセン童話集』第3分冊は、岩波文庫の『完訳 アンデルセン童話集』(全7冊、大畑末吉訳)のうち第6分冊を除く6冊から計10篇が選ばれています。

オセンチ? 不健康?

 以下、以前《Apied》という雑誌に書いたことと一部重複しますが、僕は長いことアンデルセンを敬遠していました。

そりゃ、「裸の王さま」(=「皇帝の新しい着物」「みにくいあひるの子」、あるいは「人魚姫」「マッチ売りの少女」などを、子どものころ人並には読みました。

 けれど「雪の女王」は大学時代にミシェル・トゥルニエの自伝的エッセイ『聖霊の風』(1977)で知ったくらい、アンデルセンに疎かった。

 『絵のない絵本』も大学生になって読んだし、「火打ち箱」はもっと年を取ってから、赤木かん子によるリライトに高野文子がペーパークラフトを添えた本で読みました。

 たぶんアンデルセンのおセンチさ、線の細さ、不健康なところに、少々用心していたのだと思います。中年になって、この不健康さが持つチープな毒に気づきました。

今日マチ子さんのアンデルセン

 こんなことを書くのも、2012年に漫画家・イラストレーターの今日マチ子さんと話をする機会があったからです。

 今日マチ子さんはその年、やくしまるえつこさんの朗読つき絵本『ぼくのおひめさま』の第二弾『親指姫 白雪姫』(ピエブックス)を出しました。

 刊行記念原画展の最終日、「女の子と「毒」」というテーマで僕は今日マチ子さんとトークイヴェントをやったのですが、そのとき「おやゆび姫」のことを人生で初めてくらいにいろいろと考えたのです。今日マチ子さんの絵が、僕にアンデルセンとのつきあいかたを教えてくれたのでした。

 そういえば今日マチ子さんの『センネン画報 その2』(2010)には、右頁が「ゲルダ」、左頁が「カイ」と題した見開きがあり、「雪の女王」のモティーフを学校の階段という空間で再現したものでした。


「雪の女王」と『アナと雪の女王』

 前回、「人魚姫」と実写版『リトル・マーメイド』の話をしましたので、今回もディズニー映画がらみで行きましょう。

 ディズニー映画『アナと雪の女王』(2013)はアンデルセンの「雪の女王」にインスパイアされているとのことですが、初見時には「雪」しか合ってないなあと思いました。

 しかし「雪の女王」では、悪魔の作った鏡の破片が目と心臓に入って人格が変わってしまったカイ少年が雪の女王に拉致され、仲よしのゲルダが全力でカイを探し求め、やがて雪の女王の宮殿でカイの体内の鏡の破片を溶かします。

 エルサがカイ、アナがゲルダと考えるとこれ、思ったよりしっかり「雪の女王」のエッセンスを抽出しているのだな、と感じます。

 エルサがカイであると同時に作中でまさに「雪の女王」的な表象となっているあたり、『スター・ウォーズ』エピソード4でオビ=ワン・ケノービがルーク・スカイウォーカーに父アナキンの暗黒面堕ちを最初に説くときに、「きみの父はダース・ヴェイダーに殺された」と告げるのと似た味わいがあります。

「雪の女王」と「野の白鳥」

 『アナ雪』1作目を観たのちに「雪の女王」を読み直すと、映画のアナの決死行がゲルダの探索行に上書きされてしまって、もう虚心に「雪の女王」を読むことができなくなっていることに気づきます。

 「雪の女王」のこういう魅力は、岩波少年文庫版『アンデルセン童話集』第2分冊に収録されている「野の白鳥」の主人公エリザ王女の試練と同じタイプの味わいがあります。

 話は典型的な継子いじめ譚として始まります。

 后に先立たれた父王の再婚相手である新王妃は、エリザを農家の養女にしてしまい、11人の兄王子たちを白鳥に変えてしまう。美しく成長した15歳のエリザは継母にみすぼらしい姿に変えられてしまい、父王にも娘だと認識してもらえない。

 エリザは兄王子たちを見出すが、彼らは昼のあいだは白鳥の姿になってしまう。兄妹は異国に渡る。

 夢のお告げで、エリザは蕁麻いらくさの糸で編んだ帷子を兄たちに着せれば魔法が解けるが、編んでいるあいだに口をきくと兄たちは死んでしまうと知る。口を利かず帷子を編みつづけるエリザは、あることから当地の王によって魔女の嫌疑を抱かれ、火刑宣告を受ける……。

 「雪の女王」と違って、妹が兄を救おうとする話で、しかも彼らは北国の王の子どもたちで、さらに(エルサではないが)アナに相当するプリンセスにエリザというエルサと同根の名前がつけられているあたり、『アナと雪の女王』は「雪の女王」と「野の白鳥」のマッシュアップなのではないかと思わせます。

 ちなみに「野の白鳥」はグリム童話「六羽の白鳥」と同系統の話で、オリジナル創作の多いアンデルセン童話のなかでは「エンドウ豆の上のお姫さま」(岩波少年文庫版『アンデルセン童話集1』と並ぶ民話ベースの作品です。

本書収録作について

 「赤いくつ」『アンデルセン童話集1』(岩波文庫)より再録。

 「びんの首」『アンデルセン童話集4』(同)より再録。

 「古い家」「年の話」「さやからとび出た五つのエンドウ豆」「「あの女はろくでなし」」『アンデルセン童話集3』(同)より再録。

 「鐘」「雪の女王」『アンデルセン童話集2』(同)より再録。

 「ロウソク」『アンデルセン童話集7』(同)より再録(改題)。

 「とうさんのすることはいつもよし」『アンデルセン童話集5』(同)より再録(改題)。

Hans Christian Andersen, Eventyr og Historier (1835-1874)
1986年3月12日刊、2000年6月16日新装版

ハンス・クリスチャン・アンデルセン、大畑末吉、初山滋については以下のページ末尾を参照。

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