岩波少年文庫を全部読む。(89)編者自身が「ネギをうえた人」なのでは? 金素雲編『ネギをうえた人 朝鮮民話選』
民話は子どものためのものか
金素雲編『ネギをうえた人 朝鮮民話選』(岩波少年文庫)には33篇の民話が収録されています。
金素雲〈編〉となっていますが、実質は朝鮮民話の金素雲による「再話」なのではないかと思います。
金義煥による新版のカヴァー画には虎が描かれています(かわいい)。じっさい、虎が登場する話がけっこうあります。
朝鮮民画の虎もかわいいし、朝鮮文化において虎ってプレゼンスが大きいのかな。
ところで、民話集というのは児童書でも大きな一劃を占めています。その理由のひとつは、近代において民間伝承の文字化に大きな足跡を遺した17世紀末のペローや19世紀前半のグリム兄弟が、読者として児童を意識したというのが大きいのではないでしょうか。
でも本来、民話はあらゆる年齢を対象とするものだったはずです。児童文学の枠に収まるものでもなければ、民俗学の資料として遠目に意識されるにとどまるものでもなかったでしょう。
いまの大人たちがネットニュースの炎上報道やSNSのバズに飛びつくような形で、人々は主人公の有為転変や登場人物たちの因果応報を楽しんだはずです。
岩波少年文庫でも、通し番号順に見ると、すでに2点の民話集が刊行されています。稲田和子編『かもとりごんべえ ゆかいな昔話50選』と木下順二再話『わらしべ長者 日本民話選』です。
このあとさらに岩波少年文庫では、グリムやペローはもちろん、中国やイタリア、英国、アフリカなど世界各地の民話集が刊行されています。
「物語のふくろ」
初読時にもっとも印象深かったのが「物語のふくろ」と題する民話です。
富裕な家の息子が、物語を聞くのが大好きで、聞いた話を〈腰にぶらさげているくるおの口をあけて、その中へ〔…〕おしこんでいました〉(152頁)。物語を袋に溜めこむ。この設定は映像化できません。落語の「堪忍袋」では喧嘩を袋に溜めておく。それを思い出しました。
男の子が成長して、結婚する前日、召使いが竈で火を炊いていると、壁にぶら下げている袋から話し声が聞こえてきます。
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